本嫌いなキャラクターがいることによって物語が広がる

 語り手も務める深冬は、代々揃って本の虫という御倉家の人間であるのに、本嫌いなキャラクターとして登場する。

「主人公までが本好きだと、本をずっと肯定し続ける話になってしまう。『本なんて』と疑念を持っているくらいの方が広がりも出るし、いいポジションかなと思ったんです」

 本書の5つの章題を見れば、本が盗まれ、残されたメッセージによって、どんな呪いの世界になっていくかがうっすら見えてくる。

 たとえば、第2話の章題は『固ゆで玉子に閉じ込められる』。深冬は、高校の体育教師が私立探偵になって活躍するハードボイルド世界を冒険する。

「エリック・ガルシアの『さらば、愛しき鉤爪』という変わったハードボイルド作品が下敷きになっています。恐竜が実は生き残っていて人間の皮を被って私立探偵になるという、レイモンド・チャンドラーの『さらば愛しき女よ』を換骨奪胎した作品で、とても好きな物語。

 もっとも、具体的に先行作品へのオマージュというのはこのくらいで、他は、ミステリーやSFほどにはポピュラーじゃないけれど、自分の好きなマジックリアリズムやスチームパンクといったジャンルを詰め込みました」

2020.10.31(土)
文=三浦天紗子
写真=佐藤亘
ヘアメイク=岩井裕季