整形の「曖昧さ」を描きたかった

 美容整形を題材とした「眼帯のミニーマウス」も、周りの人々と関わる中での微妙な違和感やずれから物語は動き出していく。主人公は地元の小さな広告代理店に就職して間もない山﨑りな。同僚との会話で目や額を整形したことをさらっと話してしまい、すぐに職場のみんなに噂が知れ渡ってしまう。

「主人公は簡単に言ってしまうんですけど、あとから自分は人には言いたくなかった派だって気づくんですね。会社で軽く話題にされてしまって。昔は『あの人、二重に整形した』みたいな話は、ヒソヒソ話していましたけど、今はもっとカジュアルに話すようになっていますよね」

「そういう時代になってきたけど、整形をする人の気持ちは追いついているのかな、と気になって。やっぱり顔は服とは違うから、簡単に触れられていじられると、気になってしまう。整形する人の心の繊細さとカジュアルさの両立みたいなものを思いながら書きました」

 同僚たちは好奇心を丸出しにして整形について聞いてくる。当初は気さくに応じながらも、だんだんと違和感が募ったりなは、ある大きな決断をして周囲を驚かせることに。まったく予期せぬ方向へと進む後半の物語でキーとなるのは、「整形の曖昧さ」だ。

「整形をした本人は、以前との顔の違いがもちろんわかっているけど、周りの人はなんかよくわからへんかったりしますよね。逆に整形してなかったのに、しばらく会っていなくてちょっと顔つきが変わっていたら、『整形した?』と思われたりとか。あごを削ったり、鼻を足したりと、やっていることはすごくくっきりしているのに、人の目の評価となると、すごい曖昧ですよね。その曖昧さに気づくということを書きたかったんです」

 綿矢さんが今回「自分勝手な登場人物」を続けて描いたのは、コロナ禍も関係しているという。どの作品もコロナが日常になった生活を描いているという共通点がある。

「コロナについてどれくらい書いたらいいかわからない時期が続きました。『あのころなにしてた?』(新潮社)は、コロナ初期のすごく警戒して気をつけていた時期に書いた日記でした。すぐ終わると思っていたけれど、長引いてくると疲れてきますよね。今回はちょうど社会と民間の温度差が出てきた時期に書いたんです。自分勝手な人を書いてみたいと思ったのは、今までありませんでした。そんなコロナ禍の閉塞感が影響しているんじゃないかなと思いますね」

 表面的に見ると、周りからはただちに批判されそうな「自分勝手な人物たち」。しかし、現実に直面しながら変化する心の機微が繊細に描き出され、それを追っているうちに一人ひとりのリアルな生が浮かび上がってくる。その感覚を追体験しているかのような、唯一無二の読書体験ができるはずだ。

綿矢りさ(わたや・りさ)

1984年京都生まれ。早稲田大学卒業。高校在学中に『インストール』で文藝賞を受賞しデビュー。2004年『蹴りたい背中』で第130回芥川賞を受賞。2012年に『かわいそうだね?』で第6回大江健三郎賞を受賞、2020年に『生のみ生のままで』で第26回島清恋愛文学賞受賞。

嫌いなら呼ぶなよ


定価 1540円(税込)
河出書房新社
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2022.07.28(木)
文=篠原諄也
写真=平松市聖