2度目の綿矢りさ原作×大九明子監督・脚本の最強タッグが実現!

 大九明子監督の映画はまるでディズニーランド。

 一歩そこに足を踏み入れたら、完璧なまでの「物語世界」に没入させられる。

 リアルとファンタジー、おかしみと哀しみのバランスも絶妙で、見終わったあとには、主人公がまるで自分の古い友人のような、いとおしい存在になってしまう。

『甘いお酒でうがい』(2020)の40代独身OLの川嶋佳子しかり、綿矢りさ原作の『勝手にふるえてろ』(2017)の妄想恋愛炸裂のヨシカしかり。

 映像的仕掛けに満ちた『勝手にふるえてろ』は東京国際映画祭の観客賞ほか数々の賞に輝き、ロングランになった。

 そして再び、綿矢りさ原作×大九明子監督・脚本の最強タッグが組まれたのが、現在公開中の『私をくいとめて』。

 おひとりさまライフを満喫している黒田みつ子(のん)と年下の営業マン・多田くん(林遣都)との微妙な恋愛模様を軸にしつつ、脳内相談役の「A」、結婚した親友ほか、様々な存在との関わりのなかで、揺れ動く31歳の女性をコミカルに描いた。

 2020年の東京国際映画祭 TOKYOプレミア2020部門でも観客賞を受賞! 監督の大九明子さんに新作について語ってもらった。


30代女性を描いた綿矢作品を、最初に読んだときのインパクトを大切にしたかった

――綿矢りささん原作の映画化は『勝手にふるえてろ』に次いで2本目ですが、どういうきっかけで『私をくいとめて』を作ることになったのですか?

『勝手にふるえてろ』では、主人公のモノローグ(独り言)を私が映画のなかで会話に仕立てました。

 そうしたら、『勝手に〜』の完成後に方々から綿矢さんの新作は読んだか? こちらは主人公が脳内で会話していると言われて(笑)。慌てて書店に買いに行きました。

 最初は映画にするつもりはなかったのですが、この私の好きな綿矢さんの世界をほかの誰かが全く違う風に映画にしたらいやだなと、すぐさま脚本を書いてプロデューサーに渡しました(笑)。

――主に小説のどういうポイントに惹かれたのですか?

 私は、映画にするときに、原作をそのまま再現するという意識はほぼないんです。自分が読んだときに受けたインパクトを形にしたいといつも思っています。

『私をくいとめて』では、主人公が飛行機のなかで、歌によって恐怖から救われる場面を読んで、パッと映像のイメージが湧きました。

 綿矢さんは松本隆さんの歌詞をそのまま載せていらして、読んでいるうちに大滝詠一さんの歌声が聴こえて、シュワシュワと爽やかなソーダ水みたいな気持ちになった。

 いろんな色のイメージが点在している小説でしたが、あの場面でスパークした。シナリオもたしか、あのシーンから書き始めた気がします。

――極度の飛行機恐怖症のみつ子が、この世の終わりかというくらいの絶望から、いきなりパラダイスに切り替わる場面ですね。映画では、趣向を凝らし、映像描写をされていて、本当に楽しいシーンでした。

 脚本を読んだスタッフからは「これはCGでやりますよね?」と言われたのですが、私のなかではその選択肢はなかったんです。

 チープだけどかわいいものが浮かび上がるイメージ。それがどんな素材なのか、いろいろ探っているうちに「浮き輪」という言葉がふと浮かびました。

――まさに人を救ってくれるアイテムですね!

 ああ、言われてみれば(笑)!

――映画では自然に観てしまいましたが、冷静に考えたら、日常ではありえない光景のような映像が、日常描写の地続きに成立してしまっているところがすごいと思います。

 全スタッフ、エキストラを含めた全俳優の力ですね(笑)。嘘を積み重ねて、誰かの真実に触れていくものが映画だと私は思っているんです。

 そういう意味では、あの場面は映画の象徴的なシーンかもしれないですね。「どうやって目で驚かせようかな」ということは、映画を作るときに割とよく考えているかも。

2020.12.20(日)
文=黒瀬朋子
撮影=平松市聖