ハラスメントのシーンもあり、女性の生きづらさをリアルに描く
――基本的に笑えて楽しい映画ですが、そのなかに、リアルな女性の生きづらさもさらりと描いておられるところがずしりと響きました。とくに、温泉施設で、みつ子が、芸人さんのセクハラを目の当たりにするシーンは印象深かったです。
原作で描かれているハラスメントは少し違う設定なのですが、温泉施設の場面を読んだときに自分のなかに溢れた怒りを脚本のなかでわーっと文字にして脚本に仕上げました。
ほぼすべての女性がなんらかの形で感じているわずらわしさ。
女性だけがいちいち「女」芸人と言われる。映画監督もいちいち「女性監督」と呼ばれる。
芸人にとっては、面白いことが一番なのに、プラスで女性であることも求められる。
そういう苛立ちを表現できたらと思いました。
ただ、私自身はお笑いをめざして挫折した人間なので、芸人に届かなかった私が、勝手に芸人のストレスを書いて、もしも現実とズレていたら失礼だなと思いました。
だから、ご出演いただくお笑い芸人の吉住さんに事前に脚本を読んでいただいて、ご意見を伺ったんです。
そうしたら、「気持ちはすごくわかる。でも、実際こういう(セクハラのような)ことが起きたときには、いつもほかの芸人が助けてくれる」とおっしゃっていました。
そのお話を聞いて泣きそうになってしまって。いまも話しながら泣いてしまいそうです。
泣きじゃくるみつ子にAが「大丈夫。あの人、馬鹿な男を見下して、もっと面白くなってく」と声をかけるのですが、まさに吉住さん、先日、女性芸人No.1決定戦「THE W」で優勝なさいました。
――のんさんは脚本を読んで、この温泉施設でのみつ子の気持ちが激しく揺れる場面をやってみたいとおっしゃったそうですね。
はい。最初にお会いしたときに、脚本の感想を伺ったら、「あのシーンを上手にやりたいと思っています」と言ってくださって嬉しくなりました。頼もしいなと思いましたね。
――映画を撮ることは大九監督にとって解放ですか? 救いですか?
解放、救い、どちらも当てはまります。作りたくてしょうがない。
映画に限らず、なにかを作っていないと不安というのは、子供のころからありました。
大人になって、映画という、仕事として成立する「作ること」をやっと見つけたという感じです。
――CREA読者には、みつ子と同じような悩みを持つ30代の女性も多くいると思います。彼女たちにメッセージをお願いします。
私は29歳から30歳になるときに、あまりの恐ろしさに、有り金を使い切ってやれと、海外に一人旅にでかけました。
でも30になっても何も変わりませんでした。この年になってもまだラクとは言えないです(笑)。
たぶん、なんの悩みもなく心が安定するということはずっとないのだと思います。あなたが苦しいときには、苦しんでいるのは自分ひとりじゃないと思って(笑)。
ちょっとしたものを買って心をほぐしたり、映画を観たり、日々なにか楽しいことを見つけられたら。おひとりさまをのびのびとできるのが30代だと思うので、謳歌していただければと思います。
大九明子(おおく・あきこ)
神奈川県横浜市出身。1999年『意外と死なない』にて監督デビュー。主な作品に『恋するマドリ』(07)、『東京無印女子物語』(12)、『ただいま、ジャクリーン』(13)、『でーれーガールズ』(15)、片桐はいりを主演にした『キネカ大森先付ショートムービー・もぎりさん』(18)、『美人が婚活してみたら』(19)、『甘いお酒でうがい』(20)など。17年の綿矢りさ原作、松岡茉優主演の『勝手にふるえてろ』は、第30回 東京国際映画祭コンペティション部門 観客賞ほか、数々の賞を受賞した。主なテレビに「時効警察はじめました」(テレビ朝日 19)、「捨ててよ、安達さん」(テレビ東京 20)、「あのコの夢を見たんです。」(テレビ東京 20)など。
映画『私をくいとめて』
休みの日にはひとりランチ、ひとり焼肉と、おひとりさまの高いハードルと次々越え、シングルライフを楽しんでいるみつ子(のん)。彼女の脳内には相談役のAがおり、Aと始終おしゃべりしながら、平和な日々を送っている。Aに指摘され、年下の営業マンの多田くん(林遣都)への気持ちに気づいてはいるのだが、その1歩がなかなか踏み出せないでいる。おひとりさまを続けるべきか? 勇気をふり絞り、踏み出すべきか……? みつ子の脳内は激しく忙しい。
監督・脚本 大九明子
原作 綿矢りさ『私をくいとめて』(朝日文庫)
出演 のん、林遣都、臼田あさ美、片桐はいり/橋本愛
配給 日活
全国公開中
https://kuitomete.jp/
2020.12.20(日)
文=黒瀬朋子
撮影=平松市聖