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あの家に戻ってはいけない

 気がつくと、Mさんは見知らぬ人の家のテーブル席に座って背中をさすられていました。

「大丈夫かいあんた!?」

 声の主はさっき玄関先で話を交わしたあの老人でした。

「ドアから飛び出して『助けて!』って叫んでいるから、とりあえずウチに連れて来たんだよ! 何も覚えていないの!?」

 老人はKさんの家から立ち去った後、好奇心を抑えられずにKさん宅にこっそり戻ったのだそうです。

 中から怒鳴り声が聞こえて勝手に玄関ドアが閉まった直後、老人はドアのすりガラスの向こうに“女の人影”を目撃していました。

「ドアを内側から押さえながら無言で笑っているみたいでな。それで気味悪くなって帰ろうと目離したら、あんたが叫びながら飛び出して。でも、その女の影はそのときにはどこにもいなくて……本当に誰ともすれ違わなかったの?」

 MさんはふとHさんのことを思い出しました。

「あ……Hさん、まだあの家に」

「いやいやいや、やめなさい! ダメだよ、戻ったら。あの人、家の中でKさんと……女と一緒になって笑っていたんだよ!?」

◆◆◆

 週明けの月曜日。Hさんは何事もなかったかのように現れて笑いかけてきたそうです。

 Mさんはその後会社を去り、以来その地方都市には近づいていません。

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2025.08.13(水)
文=むくろ幽介