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建物を指差して口にしたのは

昔は仲良くなれないと距離を置いていたのが嘘のよう。正直言っていまだに全員の下の名前すら思い出せないというのに、こんなにも盛り上がれてしまうなんて不思議なもんだな――と、Sさんは居酒屋の外の生暖かい夜風を頬に感じながら、お酒でふわふわした頭で思ったそうです。
駅前から少し離れた商店街にはすでに人影はなく閑散としていました。
「こっちって駅前は明るいけど、ちょっと行ったらすぐこんな暗なんのやったっけ。懐かしいなぁ~」
「お前な~、S~、地元バカにしてるやろ~? 都会はどこもピッカピカやもんな~?」
それからしばらく千鳥足で辺りをウロウロとしていたそうですが、いつしかTさんたちが通っていた高校付近まで来てしまっていました。
「お、そやそや、Sって中学からちょっと離れたとこ行ってもうたんやったなぁ。こっちは知らんか~」
「うちらにとっちゃ、こっち庭やで庭~」
ふいに、Tさんが道の先ある建物を指差してこう言ったそうです。
「お! □#Щ腴工業やん!」
「ホンマや、□#Щ腴工業や! 懐かし~わ~」
訛りなのかお酒のせいなのか、SにはTさんたちの口走るその名前が上手く聞き取れませんでした。
2025.08.11(月)
文=むくろ幽介