
「生産性」や「タイパ」といった言葉が世を席巻し、常に効率や成果を求められる現代。息苦しさを感じる日々の中で、私たちは一体何に「しあわせ」を見出せるのだろうか? その問いへの温かな答えを、NHKドラマ10『しあわせは食べて寝て待て』は静かに語りかけてきます。
「よくあるグルメドラマなんじゃないの?」を裏切る良作
本作は、膠原病という難病とともに生きることになり、仕事を変え、団地に越してきた38歳独身の主人公・麦巻さとこ(桜井ユキ)が、新たな人間関係と「食べること」を通して、しあわせとは何かと気づいていく物語。
よくある「グルメドラマ」なんじゃないの? 最初はそう思った人もいるでしょう。もちろんフードスタイリスト・飯島奈美さんが手がけているおいしそうな料理はどれも魅力的で、観ていてこちらまでお腹が空くようなシズル感たっぷり。加えて、食がもたらすポジティブな体験(人間関係の広がりとか)や料理を巡る人間ドラマもしっかり描かれています。
でもそれだけじゃない! 本作は「食」をエンタメや人間ドラマのツールとしてだけでなく、人生を支えるための実質的な行為として深く掘り下げているんです!
このドラマが大事にしているのは、健康を維持・増進するための行為としての食事です。当たり前過ぎて、普段は見過ごされがちな食事の側面を、本作はあえて丁寧に描いてくれています(同様の点で朝ドラ『おむすび』も評価したい!)。
特にドラマで重要な役割を果たすのが「薬膳」の知識です。病気によって、仕事や住まいを失い、将来への不安を抱える麦巻にとって、薬膳は心強い味方。「頭痛の時に大根をかじる」なんていう、手軽に真似できる知識が多く得られるところもポイントです。食べ物で症状が改善しても、それは良い条件が重なったからかもと、むやみに効能を謳わないところにも好感が持てます。

麦巻が最初に食事の大切さを実感したきっかけは、隣の部屋に住む司(宮沢氷魚)が作ってくれた「肉団子と野菜のスープ」でした。レシピによると、スープはれんこんのすりながし入り。薬膳では、れんこんはのどや肺を潤すと言われています。とろみがあって冷めにくいし、胃への負担も軽そう。さらに、具のしめじは免疫力を高め、キャベツは胃腸に良い。なるほど、具材はすべて理にかなった組み合わせです。
食事を、自分の体に入れる食材ベースで考えると、「食事=自分自身の体とじっくり向き合い、労わるための大切な時間」へと質を変える。このドラマを見ていると、「食べる」という行為に、深い意味や効能が宿っていることを気づかされます。
2025.05.20(火)
文=綿貫大介
写真=NHK