恋愛を差し引いた『ロンバケ』なのでは
作中で特に印象的だったのが、4話で編集者の青葉(田畑智子)が言った「ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉。青葉さんはそれを「できない自分を認める能力」と言い換えていました。これは、すぐに答えが出ないような状況に耐えたり、焦らず、慌てず、その宙ぶらりんの状態を受け入れていく力のこと。先が見えないコロナ禍において、その重要性が注目された概念でもあります。
たとえば、病気の経過が見えないとき。家族との関係がギクシャクしているとき。あるいは不安や孤独の正体がわからないとき。すぐに「白黒つけよう」「解決しなくては」と奔走するのではなく、一度立ち止まり、その状況をありのままに受け止めてみる。
ネガティブな感情も人間の一部として認めるということは、完璧ではない自分自身を受け入れることでもあります。大事なのは、そんな自分に焦りを感じても、決して投げやりにならないこと。その感情の波の中に、しばらく留まって耐える勇気を持つことなんです。

実は、この「ネガティブ・ケイパビリティ」に通じる名台詞が、あの伝説の月9ドラマ『ロングバケーション』にもありました。
瀬名(木村拓哉) 「何をやってもうまくいかないとき。何やってもダメなとき。そういうときは、言い方変だけど、神様がくれたお休みだと思ってさ、無理に走らない。焦らない。頑張らない。自然に身を委ねる」
南(山口智子) 「そしたら?」
瀬名 「よくなる」
南 「ほんとに?」
瀬名 「たぶん!」
タイトルにも通ずる、ドラマの核となる台詞です。これを読んでみなさんも、『しあわせは食べて寝て待て』って恋愛を差し引いた『ロンバケ』じゃん! って思いませんか? どちらの物語も、物事が明確でない、あるいはうまくいかない「不確実な状態」や「未解決の状態」を、安易に否定したり、無理に変えようとしたりせず、ある程度受け入れる姿勢を示唆しています。
そして焦って手っ取り早い答えに飛びつくのではなく、時間がかかってもいいから疑いの中に留まる心の余裕や、待つことの重要性を物語っています。
これは現代社会で推奨されがちな、効率よく成果を出す「生産性」や「タイパ」といった考え方とは正反対ともいうべき価値観です。効率だけを追求しても、真の意味ではより良い人生につながらないのかもしれない。AIに質問すれば自分にとって気持ちの良い回答をくれる時代だからこそ、すぐに答えが出ないモヤモヤの中に、一人で安心して浸れる時間を意識的に持つことが、実はすごく大事になってくるのではないでしょうか。
無理に答えを見つける必要なんてない。むしろ悩みや葛藤といったモヤモヤの中にこそ、生きる意味や自分自身の本当の願い、しあわせ、やりがいへと導いてくれる「羅針盤」のようなものが隠されているのかもしれません。
2025.05.20(火)
文=綿貫大介
写真=NHK