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“菌を捕まえる” 寺田本家の酒造りとは

――寺田本家の酒造りは自然とともにある、という印象を受けます。実際にはどのような感じなのでしょうか。

「寺田本家も、江戸時代から現在に至るまで、ずっと同じ製法で来たわけではありません。機械を導入して安価に大量に作れるお酒を売っていた時代もありました。そんな中、寺田さんが、体を壊したことをきっかけに、体によくて、自分も健康になれるお酒を作るべきじゃないかと考えて。そこからガラッと変えたと聞いています。僕が働き始めたタイミングがちょうどその変革の時でした。

 当たり前ですが、これまで機械でやってきたことをすべて手作業でやるとなると大変なことになります。5分でできたことも1時間かかるなんてざらですから、それまでいた職人さんたちは一気に辞めちゃって。僕は日本酒造りや発酵のことなんて門外漢だったので、“こういうもんなんだな”って素直にすべてを受け入れられたし、とにかく楽しかったんですけど(笑)。

 杜氏さんだけが残っていて、後は僕と一緒で1年生の職人ばかりだったので、酒造りの最初から最後まで経験できたのも良かったですね。今振り返ると、あの時の経験が僕の柱になっています」

――近代的な酒造との一番の違いはどういったところなのでしょうか?

「“菌を捕まえる”というところですね。酒造りには酵母菌や乳酸菌が必要なのですが、現代日本の99%の酒蔵は他所から菌を買ってくるんですね。安定していいお酒を造ることができますし、合理的です。ただ、江戸時代にはそういう技術はまだないですから、空気中にある乳酸菌や酵母菌を捕まえてきて、自然培養してお酒を造っていたんです。この技術は江戸時代後期に兵庫県の灘で確立して、そこから全国に広がっていったのですが、寺田本家ではこの昔ながらのやり方で自然酒を造っているんです」

―― “菌を捕まえる”というのは……?

「日本酒に必要な材料は、麹と蒸した米と水なんですが、この3つの材料を合わせてすりつぶしたものを、冬の寒い時期に1週間ほど置いておくんですね。そのあと、湯たんぽみたいなものを入れてあっためて、外気で冷やして、また湯たんぽであっためて、というふうに温度を上下する作業を2週間ほど繰り返していくんです。

そうすると次第に表面が麹の影響で溶けて甘くなっていきます。そこに空気中から微生物がやってきて湧きつくと、泡がぽこぽこと出てくるんです。それが“菌を捕まえる”ということ。何もない表面からぽこってひとつ泡が出て、少しずつ増えていく。0から1の、命の誕生。その瞬間が日本酒のはじまりなんです」

――感動的ですね。

「はじめて見たときに、ここに命の仕組みがあるんじゃないかって、すごくワクワクしたのを覚えています。発酵や微生物の世界に魅了された瞬間ですね」

――麹もイチからつくっていたのでしょうか。

「はじめは、種麹を購入していましたが、試行錯誤を重ねて、途中から蔵や田んぼに住む麹菌を自家採取するようになりました。お米を蒸したものに椿の灰をまぶして蔵に置いておくと、蔵付きの麹菌が自然に繁殖してくれるんです。杜氏の仕事を横で見ていたのですが、ここでの経験は本当に僕の原点ですね」

2025.02.19(水)
文=吉川愛歩 
写真=末永裕樹(インタビュー)、寺澤太郎