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灯台と戦

「御前崎には、この灯台が建つ以前から、灯明堂というのがあったんです」

 御前埼灯台を守る会の齋藤さんの案内で、灯台の外へ出た私たちは、灯台の広場近くにある小さな建物を見た。

 それは、見尾火燈明堂という。

「古くからこの地に住む人々は、船の航行の安全の為に、夜通しここに火を焚いていたそうです」

 建物は、高さ2.8mで3.6m四方。小さな茶室ほどの小屋である。しかも、外から灯りが見えるように、油障子で囲まれているだけで、壁はない。

「これ、冬はかなり寒いのでは……」

 夏はいいかもしれない。しかし、取材に訪れた一月には、日差しがあれば暖かいが、かなり強い風が吹きつける。しかも、夜になれば冷え込むことは間違いない。

「風が強くて、建物が飛ばされないように、下に重しの石が積んであるんです」

 と、建物の下も覗けるようになっている。

 しかし、建物が飛ぶレベルの風が吹きつけたら、さすがに火も消えそうだが……

「そのために、村人が二人ずつ、毎夜、風よけをしつつ、火が消えたらつけ、寝ずの番をしていたそうです」

「この吹き曝しで一晩中……って」

 映画『喜びも悲しみも幾歳月』で描かれる灯台守よりも、遥かに過酷な役目である。

「それでも、ここで火を灯すことが、この土地の衆にとっては誇りでもあったと思いますよ」

2024.06.30(日)
文=永井紗耶子
写真=橋本篤
出典=「オール讀物」2024年6月号