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灯台とはなにか

 宝永四年(一七〇七)十月四日に発生した宝永地震は、南海トラフを震源とし、日本の記録に残る地震の中でも最大級の地震だ。発災から約五十日後には、地震の揺れを引き金として富士山が宝永大噴火を起こしたことで有名だが、高知県では実は地震に伴って発生した津波により、二千七百名あまりもの死者・行方不明者が出ている。

 津波避難タワーはいつか確実に再びこの地を襲うであろう災害から人々を守る、命の塔だ。それは同時に海という底知れぬエネルギーを持つ存在と人間が共存するための碑でもある。だとすればそれは、我々がこの旅で追いかけている灯台と、根底のところでつながった存在なのではなかろうか。

 灯台とはなにか。

 それは人を癒し、豊かな恵みをもたらす海と人間をつなぎ、海の安全を守る存在だ。一方で一旦、天地をどよもす大地震がこの地を襲えば、あの津波避難タワーは天に向かって佇立するその頂きに灯を点し、人々を安全な場所に導くだろう。

 人が海とともに安全に生きるには、それぞれの土地に根付いた様々なともしびの加護が必要なのに違いない。その形の一例があの津波避難タワーなのだ。

 そんなことをぼんやり考えているうちに車は東へ東へとひた走り、高知灯台を出発してから二時間後、左手に岩の目立つ小高い丘陵地、右手には白い波が岩を食む荒海が広がり始めた。紀伊水道と土佐湾を分ける室戸岬だ。

2024.02.15(木)
文=澤田瞳子
写真=橋本 篤
出典=「オール讀物」2024年2月号