山本は片山の言葉が聞こえていないかのように、夢中になって箸(はし)を動かしている。国や軍についてあからさまに批判することはできなくても、なんとか鬱憤(うっぷん)をぶちまけたかったのだろう。片山は話に乗ってこようとしない山本に対して、つまらなそうに小さく鼻を鳴らした。
片山は他の参列者から酌を受けたのをきっかけに、山本のテーブルから離れていった。山本はそのことにさえ気づいていないかのように、実に美味(おい)しそうに、料理を食べ続けている。
「……素晴らしい門出だ」
不意に箸を止めると、山本はやわらかい日が差し込む窓を見やった。
「え?」
モジミは隣に座る山本の顔を思わず見つめる。山本は大きく微笑んでいた。
「素晴らしい結婚式だ」
山本は笑顔のままで、子供たちの顔をひとりひとり見つめた。子供たちは皿に顔を埋めるようにして、料理に夢中になっている。
「顕一、厚生、誠之、はるか……は、まだわからないか」
モジミの腕の中で、眠たげにうとうととし始めたはるかの顔を見て、山本はくすりと笑う。
「よく覚えておくんだよ」
子供たちはぴたりと手を止め、不思議そうな顔で父を見つめる。
「こうして久しぶりに家族全員でいられること。みんなの笑顔。美味しい食べ物。ハルビンの午後の日差し」
山本は穏やかな声で語りながら会場をゆっくりと見渡す。
まだ緊張の取れない様子ではにかんだ笑顔を見せる新婦、顔を真っ赤にしながら、参列者たちと笑い声をあげる新郎。時折、涙を浮かべながら、嬉しそうに娘の晴れ姿を見つめている母のマサト。そして、ハルビンの日差しに照らされたモジミと子供たち。
山本の笑顔が一瞬ふっと曇った。
不吉な影のような爆撃機の隊列が、山本の脳裏を過(よぎ)る。
山本はそのイメージを振り払うように無理やりにまた笑顔を浮かべる。そして、目の前の平和な光景を記憶に刻(きざ)み付けるように、じっと見つめた。
妹たちの結婚式の日の夜、山本とモジミはハルビンの知人に借りた小さな一室で、身を寄せ合うようにしていた。今夜はこの部屋に泊めてもらい、明朝、モジミと子供たちは家のある新京(しんきょう)へ、山本は軍に戻ることになっている。
2022.12.19(月)
文=辺見 じゅん、林 民夫