『機械仕掛けの太陽』(知念 実希人)
『機械仕掛けの太陽』(知念 実希人)

後世の記録のため、現在の救いのため

 作家であり現役内科医である知念さんは、コロナ禍の発熱外来でずっと診療を続けている。本作は医療の最前線で見たものを綴る、渾身の一作だ。

「2020年以降に僕たちが経験したことは、歴史に残る大事件です。しかし教科書では〈COVID-19が世界的に流行〉という無味乾燥の記述に終わってしまう。実際に何が起きたのかを感情を伴って理解するためには、物語が必要なんです。百年に一度の規模のパンデミックになると分かった時から、いずれ自分の手で小説にしようと決めていました」

 幼い息子と老母と暮らすシングルマザーの医師・椎名梓。結婚を意識する彼氏と同棲中の看護師・硲(はざま)瑠璃子。地域に根付いた診療所を守る老医師・長峰邦昭。それぞれ違う立場からウイルスとの戦いの渦中に身を投じる、三人を軸に物語は展開する。“中国で新種の肺炎が流行”というあやふやな第一報から、ダイヤモンド・プリンセス号、有名人の訃報、緊急事態宣言……怒濤の勢いで進む時系列に、為す術もなく翻弄される登場人物たちの姿は、現実の私たちと重なるものだ。

「ニュースや固有名詞は記録として実際のままに書きましたが、登場人物の不安、悲しみ、喜びをつぶさに追うという点ではいつもの小説の書き方と変わりません。読者が感情移入できてこそ、医療従事者しか知り得なかった出来事を切実に追体験してもらえるのだと思います」

 幼な子を預けて働く葛藤、性別でキャリアを制限される悔しさ、後継を巡る息子とのすれ違い、癌を患った友との死別。人生に常に現れる苦難も丁寧に扱われるなかで、日常を覆ったコロナ禍の異様さが浮かび上がる。

「戦争や天災といった有事の時ほど、人間の本質があらわになる。この数年、人はこんなにも気高いのかと感動することも、逆に、こんなにも愚かなのかと愕然とすることもありました。そういう人間のリアルを描くことが文学の本領ですよね。困難な時代だからこそ、文学の力を信じたい」

2022.12.13(火)
文=「オール讀物」編集部