『葵のしずく』(奥山 景布子)
『葵のしずく』(奥山 景布子)

四兄弟の悲運に翻弄される女性たち

 徳川慶勝、一橋茂栄、松平容保、松平定敬――。徳川の傍流・高須松平家に生まれ、幕末・維新に翻弄された悲運の四兄弟。慶勝・茂栄は尾張藩を継いで明治政府の側につくが、対して容保・定敬は新政府軍に徹底抗戦した。

 奥山景布子さんの『葵のしずく』は、二つに別れた兄弟たちの傍らで激動の時代を生きた女性たちを描いた六篇からなる物語だ。彼らの正室、側室、そして母や姉もまた、引き裂かれた兄弟たちの運命に巻き込まれていく。

「彼女たちはそれぞれに立場が異なりますが、この時代を生きた女性の関係を典型的な女同士の戦いとして書きたくはありませんでした」

「禹王の松茸」は、高須藩主の松平義建が松茸狩りに出向いたと知った奥女中たちが、女だけで松茸狩りにいきたいと言い出すところから始まる。御側付(大名の側室)の千代は、同じく御側付である亀が軽々に野駆を願うことを苦々しく思うが、いざ松茸狩りに出かけた先で起きた出来事で、彼女への思いが変化する。

「嫉妬心が全くないとはいえませんが、長年暮らすうちに、あきらめがつく。この時代は、たくさん子供が生まれても、半分近くはすぐ亡くなる。殿の血をひく子を、一人でも多く残すために大切に育てることが、奥の一大使命。それを皆で果たすと考えると、彼女たちの関係が腑に落ちたんです。男性が思うほど、女性は結束できないわけではないんですよね」

「二本松の姫君」に登場する、慶勝の正室・矩姫(かねひめ)には、現代にも連なる女性の生き方があらわれているかもしれない、と奥山さんは考える。

「ご子孫のお話などを聞くと、彼女は、もしかしたら女として生きることが大変だったのではないか、とも思うんです。その時代にトランスジェンダーという概念はありませんが、いても不思議はないですよね」

 彼らの傍で生きた女性は妻たちだけではない。慶勝から極秘任務を与えられた慶なる女は、自分自身もある秘密を抱えていた。(「太郎庵より」)

2022.12.14(水)
文=「オール讀物」編集部