モジミは不安に瞳を揺らした。結婚式の間、いつものようにゆったりとした態度に見えて、山本がどこかぴりぴりと緊張していたのが、モジミにはわかっていた。それだけ、事態は切迫しているのだ。山本には、きっとすぐそこに迫る未来が見えている。

 山本が日本に帰れというからには、そうすべきなのだろう。

 でも、とモジミは山本の顔をぱっと仰(あお)ぎ見る。山本は何かを確信したような静かな表情で、モジミを見ていた。

「……無理です」

「君ならできる」

 幼い子供たちや姑を抱え、女一人で日本までたどり着けるとも思えなかった。旅費の問題もある。船に乗れるかもわからない。日本での生活基盤だってない。

 何より、日本に帰るということは、入隊した山本を残していくということだ。

「できません」

 固い声で答えるモジミに、山本は弱ったような顔で、「頼むよ」と呟(つぶや)いた。

 モジミは不意にはっとして、「そうなの?」と問いかける。

「だから、私たちを結婚式に呼んだの? いつまたこうしてみんなで会えるかわからないから」

 山本は「いや、まだ……」などとしどろもどろに口にしている。そうだったのだ、とモジミは確信した。


この続きは本書でお読みください。

2022.12.19(月)
文=辺見 じゅん、林 民夫