読者の共感を呼ぶ、圧倒的な絵の力
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30~40代の人なら、『ハッピー・マニア』『働きマン』『さくらん』といった作品と、一緒に育ってきた実感があるのでは? もっと下の世代では、『シュガシュガルーン』を読んだ体験が、小さい頃の大切な思い出になっていたりしそう。女性の本音、リアルな悩み、ファッション、時代の空気、日本の伝統的な美意識などなど。それらを丸ごと漫画という器に盛って、長年、供してきてくれたのが安野モヨコだ。
彼女の作品が、読む側に強い共感を呼び起こすのには、ふたつの力が作用している。まずは、切実さを伴う題材やストーリーが、いつだって展開されること。人は恋愛に何を求めているのか。働くしんどさと、背中合わせの悦びについて。女性の幸せとは? 平凡な自分が、夢に向かって突き進む道を選んでいいのかどうか。人を愛するのと自分を愛するのはどっちが大事?
誰もが漠として心の内に抱えるそうした問いかけに答えを見出さんと、各作の登場人物たちがもがき、ぶつかり、成長しつつ話は進んでいく。セリフも一つひとつよく練られているから、読んでいてすっと、胸に降りてくる言葉がきっと見つかる。
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共感を呼ぶもうひとつの源は、圧倒的な絵の力だ。作品ごとに人物造形、背景の密度、筆のタッチ、線の質まで変えて描かれる絵柄が、どのページにもあふれている。ときおり見られるカラー絵の、洗練された色の感覚も目を惹く。
とりわけ、恋愛対象となる男子や化粧道具などの小物といった、美しいものやかわいいものを表さんとするときの筆の冴えたるや、すごい。ここぞという場面で大きなコマに描き出される絵は、それだけを切り離しても、一枚の絵画として観るにじゅうぶん足る充実ぶりを示す。
ミュージアムレベルでは初となる、安野モヨコの大規模な原画展が開催と相成った。会場は、渋谷の店舗から池袋へと移転し、リオープンするパルコミュージアム。こちらのこけら落とし展だ。
タイトルに使われた「STRIP!」という言葉の通り、安野は今展で、これまでの歩みを矮小化も誇張もせず、ありのままにすべて晒している。20年超のキャリアで描かれてきた膨大な絵から、厳選し並べられた原画と対すれば、彼女の変化と進化の過程や、「絵師」としての力量がありありとわかる。
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安野モヨコという漫画家、そしてひとりの女性が発する、「私はこんなものを描いてきた。こういう営みを続けてきた」という力強い、あまりに力強い宣言を、会場で目の当たりにしたい。
『安野モヨコ展「STRIP!」PORTFOLIO 1996-2016』
会場 パルコミュージアム(東京・池袋)
会期 2016年9月1日(木)~26日(月)
料金 一般500円(税込)ほか
電話番号 03-3477-5873
URL http://www.parco-art.com/
2016.08.20(土)
文=山内宏泰
CREA 2016年9月号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。