【今月のこの1枚】
松川朋奈『良い母親になるってどういうことなのか、いまだにその意味を考える』

松川朋奈《良い母親になるってどういうことなのか、いまだにその意味を考える》2019年 展示風景:「MAMコレクション011:横溝 静+松川朋奈─私たちが生きる、それぞれの時間」森美術館(東京)2019-2020年 撮影:木奥惠三 画像提供:森美術館

 痩せた女性の手のクローズアップ。その両手は柔らかそうな寝具の上に置かれていて、指のあいだから花柄のハンカチが見え隠れしています。薬指の指輪が鈍く光っているのが印象的です。

 関節の皺や小さい黒子まではっきり見えるほど、すべてを克明に描き込んだ絵画をつくり上げるのが、松川朋奈のいつものスタイルです。どこか艶っぽいモチーフがちりばめられ、コントラストの強い色彩で引き締められた画面は、どこまでも滑らかで美しい。

 けれど実際に作品の前に立ってみると、どこか冷んやりとした気配を感じます。何やら切迫した気分が、ひしひしと伝わってくるのです。これはいったいなぜなのでしょう。おそらくは作品の制作手法に、ひとつの要因があります。近年のシリーズをつくる際、松川朋奈はまず描く対象となる女性へのインタビューを試みます。

 シングルマザーとして働き、子を育てる女性たちに、生活ぶりや秘めた思いをつぶさに聴くのです。その言葉に触発されるかたちで、松川の筆は動き始めます。

 掲出した作品の、《良い母親になるってどういうことなのか、いまだにその意味を考える》というタイトルからして、モデルとなった女性がインタビュー中に発した言葉を、そのまま用いているのだとか。

 同作は、女児を抱えながら必死に働いていた途上で病に倒れてしまい、子と離れてひとり療養することとなった女性を描いたもの。女性は病床で、別れて暮らすこととなった際にわが子が渡してくれたハンカチを、両手で握りしめていたといいます。松川はその様子を逃さず捉え、画中に濃やかに描き出したのです。

 病に苦しむ彼女の不安な気持ちや、それでも状況に立ち向かおうとする健気さに松川は深く共感し、ともに歩もうと決意したうえで、絵を描き進めていることが窺えます。社会的な弱者を生んでしまう社会への憤りと問題提起も、絵の中にしっかりと盛り込まれています。

 こうして見ると、松川がかくも精細かつリアルに事物を描く理由もわかってきます。少しでも相手の心情に迫りたい、共感と連帯の気持ちをかたちにしたい。その一心から、松川朋奈は虚心に細部へと目を凝らし続けているのでしょう。

 ぜひ作品の前まで足を運び、絵の語りかけを感じ取ってみてください。

『松川朋奈 良い母親になるってどういうことなのか、いまだにその意味を考える』

同世代の女性をつぶさにインタビュー取材し、その生活と思いをリアルに描き出す松川朋奈の絵画作品を堪能したい。展覧会は2人展となっており、横溝 静による映像作品《永遠に、そしてふたたび》も観られる。

会場 森美術館(東京・六本木)
会期 開催中~2020年3月29日(日)
料金 一般1,800円(税込)ほか
※同時期開催の『未来と芸術展』チケットで観賞可
電話番号 03-5777-8600(ハローダイヤル)
https://www.mori.art.museum/jp/

2020.02.03(月)
文=山内宏泰

CREA 2020年2・3月合併号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

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