【今月のこの1枚】鴻池朋子《皮トンビ》

「ジャム・セッション 石橋財団コレクション×鴻池朋子 鴻池朋子 ちゅうがえり」

 Don't think. Feel!

 とは、ブルース・リーが映画で発した、たいへん有名な言葉。「考えるな、感じろ!」というわけですが、こちらはさしずめ「観るな、感じろ!」といった雰囲気が充満しています。鴻池朋子がアーティゾン美術館で展開している展示のことです。

 アートはビジュアルによって何かを伝えようとするものですから、作品は目で見て楽しみ、味わうのが基本。もちろん鴻池朋子もアーティストとして、目に見えるものをつくっているのはたしかです。ただ、彼女の場合どうもそれだけじゃない。

 匂い、手触り、音、それに「気配」としか言いようのない第六感に属すようなものまで含め、鴻池朋子がつくり出す展示空間は、こちらの五官プラスαに一斉に訴えかけてくるものを感じさせるのです。

 今展も、たとえば絵画が整然と並ぶような「見やすい展示」とはまったく違います。絵画をはじめ立体作品、オブジェ、映像、言葉……。ありとあらゆるものを駆使して、見るというより何かを感じ取らせてくれる場が構築されています。

 じゃあここで鴻池朋子は、何を「感じろ!」と私たちに語りかけているのか。そんなのひとことで言えないだろうと承知の上で、あえて言葉にするならば、それは神話のようなものでしょう。

 だってこの会場に足を踏み入れると、誰しも思うはずなのです。これはまるで自分が知らない土地に流れ着いて、ある集落へ迷い込んだ気分だと。そこには見たこともない生き物や、エネルギーの流れそのものを描いたような絵が掛けられています。

 綺麗な石が散りばめられた襖があります。無数の毛皮がぶら下がる一角があり、大勢の手が関わったであろう縫い物も飾られている。そういえば「見る」ことについて深く洞察した言葉も掲げられていました。

 それらで構成される「集落」を見守るようにして、巨大な《皮トンビ》という作品が翼を広げています。その不思議な模様を熱心に眺めていると、内側に吸い込まれて帰って来れなくなりそうです。

 鴻池朋子の生み出す「新しい神話」は、他の何にも似ていないと感じさせるのが驚異的。外界とは明らかに異なる時間の流れ、物事の法則、美の基準に満ちた空間に、たっぷり浸って遊んでみて。

 「ジャム・セッション 石橋財団コレクション×鴻池朋子 鴻池朋子 ちゅうがえり」

石橋財団コレクションとアーティストが共演するシリーズ「ジャム・セッション」の第一回展として企画されたのが「鴻池朋子 ちゅうがえり」。《皮トンビ》は皮を幾枚も縫い合わせて巨大な表面に絵を描き存在感たっぷり。

会場 アーティゾン美術館(東京・京橋)
会期 開催中~2020年10月25日(日) 
料金 一般 1,100円(税込)ほか ※チケットは事前予約制
電話番号 03-5777-8600(ハローダイヤル)
https://artizon.museum/

2020.08.19(水)
文=山内宏泰

CREA 2020年9・10月合併号
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