小説はスイーツと同じ。自分にとっての嗜好品です
今月のオススメ本
『西洋菓子店プティ・フール』 千早 茜
フランスへの留学経験もある亜樹は、恋人の祐介にプロポーズされたことをきっかけに有名パティスリーを辞め、昔ながらの祖父の洋菓子店で働くことに。だが、新しいレシピは採用されず、結婚準備も進まなくて……。恋に仕事に悩む男女の、連作6篇。
千早 茜 文藝春秋 1,350円
» 立ち読み・購入はこちらから(文藝春秋BOOKSへリンク)
かわいいお菓子箱のような本の表紙をめくると、お品書きのような目次があらわれた。グロゼイユ、ヴァニーユ、カラメル、ロゼ、ショコラ、クレーム──全6章には、異なる味のドラマが詰まっている。千早茜の最新刊『西洋菓子店プティ・フール』は、東京下町の老舗洋菓子店がおもな舞台の連作小説だ。昔気質の頑固なじいちゃんと、新進気鋭のパティシエールの孫娘が営む店へ、さまざまなお客さんがやって来る。
「ひとつの場所を軸にした群像劇って、定番ですよね。自分にしては珍しく、王道エンタメを目指そうと最初は思っていたんですが、いつもの意地悪な面がどんどん出てきちゃいました(笑)。甘いだけじゃなくて、苦味や酸味もだしたくなったんです」
パティシエールの亜樹、その恋人で弁護士の祐介、夫の浮気に悩む専業主婦の美佐江、5年も片思いを続けるネイリストのミナ……。スイーツの描写も繊細にして濃厚だが、登場人物たちの日常や苦悩の描写も、実に濃厚なのだ。
「取材はパティシエさんだけじゃなく、ネイリストさんや弁護士さんにもしています。一人称で書く時は章ごとの主人公に、“入っていく”感覚ですね。“人は一人じゃないよ”ってことを、言葉ではなく物語の構造で表せるのが、連作の醍醐味だと思うんですよ。そのためには、それぞれの生活や人生をリアルに、浮き彫りにしていかないと、人と人が交差する面白さを伝えられないと思います」
当初は「恋愛」をメインに据えるつもりだったそうだ。しかし、徐々に「仕事」へとシフトチェンジしていった。「嗜好品としてのスイーツ」と、自分の仕事が重なっていったのだ。
「たまに思うんですよ。弁護士さんやお医者さんは毎日人を救っているのに、私は毎日、妄想して物語を書いていていいんだろうか、と負い目があるんです」
確かに、嗜好品は体の栄養にはならないのかもしれない。でも、心を潤してくれる。それはスイーツも小説も、ぴったり同じだ。
「小説は、自分にとっての嗜好品でもあるんです。書かなければ見えない景色があるし、書かなければ生きていけない人間なんですよ。ただ、自分の道を極めていくだけではなく、人にとってもおいしいものを作らなければいけない。そのバランスに悩みながら、楽しみながら書きました。誰かにとってこの小説が、“世界に色がつく”きっかけになったら嬉しいですね」
千早 茜(ちはや あかね)
1979年生まれ。2008年「魚神」で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。同作で泉鏡花文学賞受賞。13年『あとかた』で島清恋愛文学賞受賞。14年『男ともだち』が直木賞候補に。
Column
BOOKS INTERVIEW 本の本音
純文学、エンタテインメント、ノンフィクション、自叙伝、エッセイ……。あの本に込められたメッセージとは?執筆の裏側とは? そして著者の素顔とは? 今、大きな話題を呼んでいる本を書いた本人が、本音を語ります!
2016.04.03(日)
文=吉田大助