真実からは程遠い 都合のいい想像だったとしても
今月のオススメ本『十の輪をくぐる』
認知症の母・万津子は東洋の魔女だったのか? 生涯を通じて息子に隠してきた「秘密」とは何か。一方、息子の泰介は勤務先の会社で逆パワハラにあいながら、バレーボールのプロになる道を進もうとする娘とも向き合わざるを得なくなり──。2つの東京オリンピックを貫く親子三世代の物語。
若手ミステリー作家として頭角を現す辻堂ゆめが、最新長編『十の輪をくぐる』で、「初めてミステリーではない作品を書きました」。
「スポーツ観戦が大好きで、2020年のオリンピック開催地が決まった時は家でガッツポーズでした(笑)。時期を合わせてスポーツものを書いてみようと思った時に、1964年の東京オリンピックのことが気になり始めたんです。
調べていくうちに、女子バレーボールで日本初の金メダルを取った東洋の魔女が、当時の女性たちにとって憧れだった理由を知りました。20代前半までに結婚して家に入り、子どもを産んで……という当時一般的だった女性の人生とは、まったく違う道を示してくれたからなんですよね。
東洋の魔女のことはもちろん、彼女たちに夢や希望を見出した当時の女性たちの生き方を、書くことを通じて知りたい、想像したいと思ったんです」
2019年10月から始まる。58歳の会社員・泰介は、認知症になった80歳を目前にした母・万津子が、オリンピックのCMを観て突然〈「私は……東洋の魔女」〉と呟いたことに驚く。〈「泰介には……秘密」〉。
すると物語は過去に跳躍し、18歳の万津子が愛知県一宮市の紡績工場で働き、会社のバレーボール部でエースとして活躍していた風景が現れて──。進展する2つの時間軸を行き来しながら、「秘密」が徐々に明かされていく。
「このお話をもしミステリーにするのであれば、最後は万津子の記憶が全部解き明かされて、たった一つの真実に辿り着くように書かなければいけない。今回の題材でその書き方をするのは違うな、と。社会人になってから取った教員免許取得のための実習で、認知症専門の介護施設に足を運ばせてもらった経験が大きかったんです。
話し相手になるぐらいしかできることがなかったんですが、認知症の方々から昔の思い出を聞いているうちに、私でもわかるような記憶の齟齬にぶつかりました。そこで真実をいくら突き詰めようと思っても、きっと辿り着かない」
それはネガティブなことではないのかもしれない。この物語はそう記す。
「記憶というものが本来、曖昧で不完全なものだからこそ、人は足りない部分を想像するんですよね。その想像が真実からは程遠い、都合のいい想像だったとしても、それによって温かな気持ちが芽生えるならば、とても人間らしい、素晴らしいことだと思うんです」
Column
BOOKS INTERVIEW 本の本音
純文学、エンタテインメント、ノンフィクション、自叙伝、エッセイ……。あの本に込められたメッセージとは?執筆の裏側とは? そして著者の素顔とは? 今、大きな話題を呼んでいる本を書いた本人が、本音を語ります!
2020.12.21(月)
文=吉田大助