合理化の果てに見えてきた性や家族は、正気か狂気か
今月のオススメ本
『消滅世界』 村田沙耶香
人工的な生殖ではなく、愛し合う男女の性行為からの子作りが〈正しい〉のだと、母から聞かされて育った雨音。社会システムの合理化が進む中で、母の世代の価値観を捨てて新しい結婚形態を選んだ雨音と夫の朔だが、関係は、少しずつ変質していく。一方で、実験都市千葉では、〈楽園(エデン)〉と呼ばれる計画が進行していた。
村田沙耶香 河出書房新社 1,600円
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家庭にロマンスやセックスを持ち込むのはタブー、婚外恋愛や二次元恋愛が推奨され、人類存続は人工的な方法で進められていく。社会保障は整い、大人たちに課せられているのは、すべての子供たちの「おかあさん」になって、平等に愛情を注ぐことだ。そんな社会は楽園なのか暗黒郷なのか。村田沙耶香さんは『消滅世界』でディテールたっぷりに近未来を描き、問いかける。
テーマの萌芽は、自身が幼い頃から抱いていた二つの違和感だそう。
「なぜか小さいときから、『世界には“家族”という決まりがあるらしい。私の両親は私や兄を産んだからというより、そのシステムに従って、私たちに食べ物やおもちゃや寝床を与えてくれているのだ。自分はこの善良な人たちにそんな任を背負わせているのだ』と良心の呵責がありました。また、私は女性として誰かに必要とされることにとても憧れていた反面、『結婚にちょうどいい妻や母になれる女性でいなくてはいけない』という世間一般の期待通りにはできそうにない自分が苦しかった。だから、“性”や“家族”を取っ払った世界は、私にはユートピアに思えていたのですが、書き上がってみたら、ディストピアと受け取る人もいた。それは発見でしたね」
主人公の雨音は、母から呪文のように聞かされ続けた生身の性愛と、自分を取り巻く世界では当たり前になった二次元の性愛とに、引き裂かれつつ成長する。恋愛や家族についての価値観が似た朔を選び、“結婚”は順風満帆に思えたのだが……。
「雨音と朔の二人にこの世界で生きてもらったらどうなるのかを追っていったら、家族のあり方みたいなものがどんどん希薄になっていって。性愛も育児もない夫婦が、『自分たちは家族だ』と言い張れる根拠はどこにあるのか。人類が連綿と続けてきたすべてが消滅していくイメージが頭から離れなくて、タイトルにも自然にその言葉が入りました」
これまでも、既存の概念を揺さぶる世界を描いてきた。
「たとえば、友だちの結婚式で、みんなと一緒におめでとうを言ったあと、『おめでとうって何だろう? 私は何を祝福したんだろう?』と延々考えてしまうところがあるんです。いまの世界に不満があって、呪詛の気持ちでパラレルな世界を書いているわけではないのですが(笑)、誰もが善なるものと思っているものほど疑ってしまう。世界を愛しているからこそ、自分が信じるものの強度を確かめたくなるんですよ」
村田沙耶香(むらた さやか)
1979年千葉県生まれ。2003年「授乳」で第46回群像新人文学賞優秀作を受賞しデビュー。13年『しろいろの街の、その骨の体温の』で第26回三島由紀夫賞受賞。
Column
BOOKS INTERVIEW 本の本音
純文学、エンタテインメント、ノンフィクション、自叙伝、エッセイ……。あの本に込められたメッセージとは?執筆の裏側とは? そして著者の素顔とは? 今、大きな話題を呼んでいる本を書いた本人が、本音を語ります!
2016.03.02(水)
文=三浦天紗子