恋愛より大事なものってないんじゃないのかな?

今月のオススメ本
『感情8号線』畑野智美

第1話「荻窪」は、餃子屋でバイトをし、演劇活動に励む女の子が主人公。バイト仲間の男の子にずっと片思いしているが、別の男の子に告白されて……。最終第6話「田園調布」まで、環状八号線を南下しつつ、女の子6人の恋物語はぐるぐると円を描く。
畑野智美 祥伝社 1,500円
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 畑野智美は、若手筆頭の「恋愛小説家」だ。ここ数作はSFモノや青春モノ、芸人モノなど、さまざまなジャンルの「小説」に挑戦していたが、最新刊の『感情8号線』は久々ど真ん中の「恋愛小説」。でも、これまでとは少し雰囲気が違う。

「ハッピーエンドじゃない恋愛小説を書きたいと思ったんです。だって、うまくいくばっかりが恋愛じゃないですよね。楽しいばっかりじゃ恋愛じゃない。恋愛の中にある、幸せじゃない部分を書いてみたかったんです」

 荻窪、八幡山、千歳船橋、二子玉川、上野毛、田園調布。東京を縦断する道路「環状八号線」沿いにある6つの街に暮らす、6人の女性たちの物語だ。彼女たちは片思いに悩み、同棲相手の暴力に悩み、旦那の浮気に悩む。

「6人の女の子の設定を作る時、最初に住んでいる場所を決めました。例えば荻窪と田園調布って、環状八号線で繫がっているけど、街の空気がぜんぜん違います。近いんだけど、すごく遠い。街のイメージからキャラクターを作っていくことで、6人の女の子をうまくバラけさせることができたのかな、と」

 一話ごとに主人公が替わり、恋物語のオチが付く。しかし、次の話では、前の話のオチの「その先」が描かれる。前の話では「悪役」だった登場人物が、次の話では「主人公」となり、その内面が明かされて共感せざるを得なくなり……。ひとつの恋愛が、見方や切り取り方によって、まるで違うものに感じられる構成が絶妙だ。

「すごく好きな人がいたんだけど、告白したらフラれてしまったり、いざ付き合ってみたら痛い目にあったり。それってその瞬間はつらくても、つらいことを経験したからこそ成長できると思うんですよ。どの話もハッピーエンドではないけど、“恋愛をしてもいいことはないよ!”と言いたかったわけではなくて。恋愛をきっかけに、女の子たちが一歩進んでいくような話を書いたつもりです」

 恋愛は、楽しいばかりじゃない。つらかったり無意味だなと感じることがあったとしても、それでも、恋愛することには意味がある。稀代の恋愛小説家はそう、信じている。

「私自身は恋愛がすっごく苦手なんです。世の中から恋愛がなくなればいいのに、と思う時があるぐらい(苦笑)。でも、恋愛が苦手だからこそ、徹底して恋愛について考えるし、恋愛のことが知りたいんですよ。だから、恋愛小説は今後も書き続けます。結局、恋愛より大事なものってないんじゃないのかな、と私は思うんです」

畑野智美(はたのともみ)
1979年東京都生まれ。2010年『国道沿いのファミレス』で第23回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。 『海の見える街』『みんなの秘密』など著書多数。

Column

BOOKS INTERVIEW 本の本音

純文学、エンタテインメント、ノンフィクション、自叙伝、エッセイ……。あの本に込められたメッセージとは?執筆の裏側とは? そして著者の素顔とは? 今、大きな話題を呼んでいる本を書いた本人が、本音を語ります!

2015.12.03(木)
文=吉田大助

CREA 2015年12月号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

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