脱皮の瞬間を待つふたりの女が絡み合う

今月のオススメ本
『繭』 青山七恵

これまでも、一対一の関係にこだわった作品を書いてきた青山さん。本書では、舞とミスミ、舞と希子、ミスミと希子、希子と危うい情夫・道郎との、どこかバランスの悪い幾組もの“ふたり”が絡まり合って進んでいく。サスペンスフルな人間関係のドラマ。
青山七恵 新潮社 1,800円
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 読んでいる間ずっと、息を凝らしていた気がする。そのくらい、青山七恵さんの『繭』で描かれた登場人物たちの関係性から目が離せなかった。

 美容師として店を構え、〈ミスミ〉という優しい夫と暮らしている30代前半の〈舞〉。ミスミも元美容師だが、いまは家事を引き受けて舞の帰りを待つ専業主夫だ。なぜか舞は得体の知れない怒りに駆られて、夫に暴力をふるうことを止められない。ミスミを痛めつけたある晩、店の飛び込み客だった同い年の〈希子〉と、住んでいるマンションも同じだったとわかり、ふたりは次第に親交を深めていく。希子には〈道郎〉という恋人がいるらしいのだが……。

「舞たちは、シーソーのように繰り返す支配と被支配や、虚構の相手への依存など、とても不可解な関係を紡いでいきます。対等であることに囚われている舞は、ミスミや希子とのアンバランスな関係に苛立っているのですが、そもそも完璧な対等なんてあるのかなと。できるのは、なるべくいいバランスを目指して尊重し合おうとすることくらいなのに」

 もっとも、怒りは他者から与えられるばかりではない、と青山さん。

「誰もが原始的に持っているエネルギーだという気もするんです。たとえば、むしゃくしゃしているときに、思い当たるふしをひとつひとつ分析していっても『原因はそれじゃない』と思うことがある。前へ進むための理由なき衝動というのはあって、それが生きるということかなあと」

 表題は、本作をこれほど端的に表現した言葉はないという一文字。

「“ステキな夫がいる自立した私”という理想のシェルターを、自分で吐き出した糸で作った舞。生身の道郎ではなく、自分の思い込みを投影した道郎との幸せ幻想に守られている希子。ふたりの場合は極端すぎますが、誰もが大なり小なり自衛や成長のための“繭”を必要とするときがあります。一方で、人間も生物である以上、いつかは自分から食い破って繭の外に出ないと死んでしまう。友達とは呼べないけれど、出会えたからこそ、身動きが取れなくなっていた場所から抜け出す瞬間を迎えることができた彼女たち。互いが互いをそんなに好きではなくても、人生を変えるほどの必然の関係を持つことはあるのだと思います」

 この小説の、語り手をめぐるある仕掛けが、中盤からのリーダビリティーに拍車を掛ける。同じ時間を生きながら見えている物語はこうも違うのかと、きっと戦慄するだろう。

青山七恵(あおやまななえ)
1983年埼玉県生まれ。2005年『窓の灯』で第42回文藝賞を受賞しデビュー。07年『ひとり日和』で第136回芥川賞、09年『かけら』で第35回川端賞を受賞。

Column

BOOKS INTERVIEW 本の本音

純文学、エンタテインメント、ノンフィクション、自叙伝、エッセイ……。あの本に込められたメッセージとは?執筆の裏側とは? そして著者の素顔とは? 今、大きな話題を呼んでいる本を書いた本人が、本音を語ります!

2015.11.02(月)
文=三浦天紗子

CREA 2015年11月号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

この記事の掲載号

京都ひとりガイド

CREA 2015年11月号

食べて、遊んで、秋の旅
京都ひとりガイド

定価780円