戦争が課した過酷な運命を生き延びた3人の少女の物語

今月のオススメ本
『世界の果てのこどもたち』 中脇初枝

珠子、美子、茉莉が戦時中の満洲で結んだ友情。つらい運命を乗り越えるときには思い出して、力に変えた。戦後の混乱の中で、大人になった3人はそれぞれ、かつて仲良しだった異性の友達と再会する。中脇さん曰く「恋愛小説としての部分も楽しんでほしいです」
中脇初枝 講談社 1,600円
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 中脇初枝さんが育った高知県の幡多地方(四万十川を有する県西部)には、女の子をみな「べっぴんさん」と呼ぶ習慣があるそうだ。中脇さんもよく学校帰りに、ご近所の年長者から「おかえり、ぺっぴんさん」と声をかけてもらった。

「のちに、優しかったおばあちゃんの一人が在日一世だったことを知ったんです。驚いたと同時にある強い思いが湧きました。なんであのおばあちゃんは朝鮮半島からここへやってきたんだろう。なんで私たちはこんな遠い場所で会うことができたんだろう。その歴史を知りたい、と」

 一生の最後にでも書ければいいかなと思っていた一世一代の仕事は、自分の郷里にも満洲開拓分村があったという史実を知って加速した。資料を読み、日韓中の数十人から話を聞き、およそ3年をかけて完成させたのが『世界の果てのこどもたち』。

 開拓民として家族とともに満洲に渡り、終戦後に決死の帰国路を進む珠子、満洲でも日本でも朝鮮人の血で差別されアイデンティティーを見つめる美子、恵まれた幼少期を過ごしたが、空襲で家族を亡くし養護施設で育った茉莉。戦争に翻弄されながらも、3人は必死に生き抜いていく。

「どんな状況においても、人は生きようとする。そのことが実感できる逸話が好きですし、そう感じてもらえる物語にしたいと思いました」

 戦争を描くのがつらすぎて、書きあぐねたときもある。

「自分は何をいちばん書きたいんだろうと整理してみたら、“ごはんが食べられることの幸せ”。満足に食べられない人たちがいたのはそう昔ではないことを知ってほしかった」

 本書で、おにぎりや饅頭を分け合うシーンが印象的に描かれるのはそのためだろう。

 執筆に負けず劣らず苦労したのは、歴史の因果関係を把握するための年表作り。

「マッチの配給はいつからといった生活史を知る資料もなければ、当時の日韓中で起きた事件が同時並行でわかるような年表はそれ以上になくて、自作するしかなかったので」

 渾身の本作を、中脇さん自身、この数年の集大成と位置づける。

「子どもは親を選べない。どういう境遇に生まれ落ちるか運命も選べない。けれど、生き延びていれば別の人生があるかもしれないですよね。内戦が続く場所や、あるいはマンションの一室にもあるかもしれない“地の果て”。そこにいる珠子たちのような子を、大人が見つけて、手を差し伸べてあげられたらと思うんです」

中脇初枝(なかわきはつえ)
作家。1974年徳島県生まれ、高知県育ち。『魚のように』で坊っちゃん文学賞を受賞し17歳でデビュー。2012年『きみはいい子』で第28回坪田譲治文学賞受賞。著作多数。

Column

BOOKS INTERVIEW 本の本音

純文学、エンタテインメント、ノンフィクション、自叙伝、エッセイ……。あの本に込められたメッセージとは?執筆の裏側とは? そして著者の素顔とは? 今、大きな話題を呼んでいる本を書いた本人が、本音を語ります!

2015.08.31(月)
文=三浦天紗子

CREA 2015年9月号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

この記事の掲載号

本とおでかけ。

CREA 2015年9月号

街へ公園へ、空想の世界へ
本とおでかけ。

定価780円