悲観的ではない終わりを かつて子どもだった大人のために
今月のオススメ本『かしこくて勇気ある子ども』
初めての子どもを妊娠した妻とその夫は、生まれてくる赤ん坊が「かしこくて勇気ある子ども」に育つよう、習わせたい習いごとをリストにする。妻は育児本も読み込むが、その過程で「かしこくて勇気ある子ども」たちが危険にさらされてきたことを知る。
画作家・山本美希が、新作長篇『かしこくて勇気ある子ども』を発表した。初めての子どもを妊娠した妻と、夫の物語だ。本篇は全163ページで、オールカラー。約3年かけてストーリーを練りあげ、丸1年かけてひとりで作画した。
「周囲の同年代の方々が、子どもをもうける姿を見たり聞いたりすることが増えました。私自身はまだなんですが、いつか産むのか産まないのか。
そんなことを考える年齢になってきたのと同時に、大学の教員として働くようになり、10代、20代の学生たちと向き合うようになって。大人という立場から、子どもたちについて考えることも日に日に増えていったんです」
世界を見渡すと、環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんは噓つきと大人たちに叩かれ、ビリー・アイリッシュも黙れと罵倒されていた。「かしこくて勇気ある子ども」は、生きづらさにさらされていた。
「調べを進めていくうちに、今起きていることは、歴史的にもずっと繰り返されてきたことに気づきました。そもそもこの社会は子どもを産みたいと思えるような環境なのか、どんどん怖く感じるようになった」
ヒロインの内なる切実さが加速していく姿を、漫画的表現を駆使して描く筆致は山本美希の真骨頂だ。
本作では、ヒロインがマララさんの事件を耳にすることから非日常へシフトする。マララさんは、女性が教育を受ける権利を訴え、それを忌避する大人の男たちに銃撃された──。
「スクールバスを襲撃した男たちは何人か乗っていた女の子たちを見て“どの子がマララだ?”と言ったんです。彼らは女性を記号でしか見ていないから、どの子がマララさんなのか識別できないのだと、絶望的な気持ちになりました」
その気持ちを引きずり、物語は当初、違った終わり方を予定していた。だが、連載中に構想を変えた。
「“どうやったらマララさんを救えたんだろう?”と、考え続けていたんです。そのうち、“どの子がマララだ?”という言葉が鍵になると思うようになりました。向こうがどんな子か分からないなら、こっちにはそれなりの戦い方があるんじゃないか」
そこで描かれた結末は理想主義、と言われるものかもしれない。だが、掲げた理想が、より良い未来を作る。フィクションは、その一助になる。
「大人のひとりとして、悲観的ではない終わりを、子どもたちに見せたかったんです。かつて子どもだった大人たちにも」
Column
BOOKS INTERVIEW 本の本音
純文学、エンタテインメント、ノンフィクション、自叙伝、エッセイ……。あの本に込められたメッセージとは?執筆の裏側とは? そして著者の素顔とは? 今、大きな話題を呼んでいる本を書いた本人が、本音を語ります!
2020.08.20(木)
文=吉田大助