「ふつう」の抑圧がもたらす女性たちの痛み
今月のオススメ本『魯肉飯のさえずり』
いわゆる高スペック男性・聖司と日台ハーフの桃嘉との結婚を通して、日本社会がいかに日本男性にフィットしやすい社会であるかが可視化されていく。桃嘉は幼なじみの茜と、母の故郷の台湾・淡水へ旅する。そこで自身のルーツを意識する心の変化が美しい。
就活に失敗した桃嘉の惨めさを和らげてくれたのは、聖司のプロポーズだった。だが、幸福に彩られているはずの新婚生活は、鈍く続く頭痛のように桃嘉を苛む。
「私はずっと台湾にルーツがある人を描いてきましたが、こうした悩みは、移民や外国籍を持つ人だけの問題ではないですよね。桃嘉も、台湾人の母親がいるがゆえに漠然と、『自分はふつうではないかも』という劣等感に怯えてしまうところがあります。言葉が通じないもどかしさや絶望、悪意なく無自覚に振るわれる言葉の刃など、受け取る側が感じる抑圧について、結婚を通して書いてみようと考えました」
たとえば、結婚したことで当たり前のように深山から夫の姓の「柏木」を名乗らされる違和感。夫のために台湾のソウルフード魯肉飯を作っても〈日本人の口には合わない〉と無邪気に言われる哀しさ。桃嘉の意思を確かめもせず次第に避妊にも非協力的になっていく夫への不信感。
「性愛の場所ってすごく人間関係の政治性が問われると思うんです。力のあるほう、つまり大抵は男性が決め、男性にとってだけ都合のいいやり方を『ふつう』と思い込まされたり。聖司が、桃嘉を自分の子どもを産ませたい女性、元カノのユカリを遊ぶのに楽しい女性と切り分けているところなんかもひどいです(笑)。一方、桃嘉の父の茂吉は、必ず妻・雪穂の許可を得てから行為に及ぶんですよね。彼女たちの夫をそういう面でも対照的な人物にしようと決めていました」
桃嘉の視点からだけでなく、桃嘉の母・雪穂の視点からも描かれる。出自が日本人ではない人間が日本で味わう結婚や日常生活について。加えて、娘から母へ、母から娘への、率直な思いと愛情に揺さぶられる。
「私も桃嘉のように、幼いころ、台湾人の母にむかって『ふつうのお母さんが欲しかった』と言ってしまったことがあるんです。桃嘉が聖司から受けた傷はまさにそれで、後々まで疼きます。私にそう思わせたのはこの国の環境なのだと気づいてからは、闘うために何ができるだろうと」
これからも、台湾ルーツの人物を描いていきたいと温さん。
「ただ、小説の宛先というか、読者の多くは日本人ですし、男性もいるはず。読んでくれた方が、桃嘉や雪穂に自分たちは『ふつう』ではないと思わせたものがなんなのか考える機会にしてほしいなと願います。そんな希望を、自分の作品にはいつも埋め込みたいと思うんです」
Column
BOOKS INTERVIEW 本の本音
純文学、エンタテインメント、ノンフィクション、自叙伝、エッセイ……。あの本に込められたメッセージとは?執筆の裏側とは? そして著者の素顔とは? 今、大きな話題を呼んでいる本を書いた本人が、本音を語ります!
2020.10.28(水)
文=三浦天紗子