風化させてしまってもいい思いもある
今月のオススメ本
『やがて海へと届く』 彩瀬まる
ホテルのダイニングバーで働く真奈は、いまだすみれの不在を受け入れられずにいる。ある日、すみれと同棲していた遠野が、すみれのものを処分するから立ち会ってほしいと訪ねてきて……。後半に、コーヒーショップで、真奈と言葉を交わすふたりの高校生が、「忘れるな」の欺瞞を剝ぎ取るところは、必読の名場面。
彩瀬まる 講談社 1,500円
» この書籍を購入する(Amazonへリンク)
「震災が起きたあの日、高台から見下ろしたとき目の前にあったのは闇。真っ暗だったんです。それまで何となく抱いていた、自分はこの世に歓迎されているという感覚が信じられなくなりました」
震災のとき、実際に九死に一生を得る体験をした彩瀬まるさん。以来、生者と死者に思いをめぐらせ、行きつ戻りつしながら、『やがて海へと届く』を約2年をかけて書き上げた。
本書の舞台は、震災から3年後。行方不明のままのすみれを待つ身近な人々の思いは、親友、恋人、すみれの母と、立場によって三者三様。とりわけ、親友の死を頑ななまでに拒み、ずっと思い続けようとする真奈と、時間をかけて、かつての恋人を手放す準備をしてきた遠野は対照的だ。
「私自身はどちらかというと遠野寄りの考え方をします。あきらめることに正しさも感じます。でも私とは正反対の、『人生とはこういうものであってほしい』と希望が先行する人も大勢いる。真奈が、私の固定概念を打破して、思いがけない道を示してくれるかもしれないと期待しました」
物語を貫いているのは、ふたつのテーマだ。理不尽な死を迎えたとしても、どうしたら恨みや後悔ばかり遺さずにすむのかという死者の思い。一方で、年月とともに大切な人の死から遠ざかっていく実感を持ちながら、なお死者をどう悼み、生きていけばいいのかという生者の思い。納得できる答えを探すかのように、すみれと真奈とが交互に語り手となり、心情を吐露していく。
印象的なのは、すみれが、つまり死者が歩くというイメージだ。
「自分が死んだとして、苦しければそこでずっとのたうちまわっているのではなく、窮地から逃れようと必死になるかなと。その気持ちを基底にすれば、死者が語る設定も荒唐無稽にならないだろうと思いました」
実際、すみれの体感描写は美しい。生前の記憶にからめ取られながらも、ぴちぴちと跳ねる魚の水音に導かれるように、海を目指して歩いていく。そんな描写がすーっと心に染み入ってきて、魂の救済のようにも思える。
「私は母を15歳で亡くしています。大切な人を失うショックには、罪悪感もともなう。『なぜなの?』と問いかけ続けてしまう。でもやがて何らかの考察を得たら、人生を乗っ取られないためにも、初めに抱いた罪悪感の部分だけは、風化させてしまってもいいと思うんです」
誰でもいつか身近な人の死に直面する。その意味を考え続けていくための、鎮魂と救済の新しい物語だ。
彩瀬まる(あやせ まる)
1986年生まれ。2010年「花に眩む」で「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞しデビュー。著書に『あのひとは蜘蛛を潰せない』『骨を彩る』など。
Column
BOOKS INTERVIEW 本の本音
純文学、エンタテインメント、ノンフィクション、自叙伝、エッセイ……。あの本に込められたメッセージとは?執筆の裏側とは? そして著者の素顔とは? 今、大きな話題を呼んでいる本を書いた本人が、本音を語ります!
2016.05.03(火)
文=三浦天紗子