「男だけ」の物語ではない…女性たちの苦悩も

 八雲が重鎮となり、与太郎や小夏も活躍する、昭和後期パートも魅力が十分です。視聴者は八雲の過去をすでに知っているからこそ、孤独を選んだはずだった八雲が、自分の芸をしっかりと次の世代へと継承しようとする姿にも胸が熱くなります。

 かつて八雲と助六が交わした「ふたりで落語の生き残る道を作る」という約束は、若い力によって静かに、しかし確かに守られているといっていいでしょう。

 特に小夏は物語のキーパーソン。彼女は落語の才能を持ち、父・助六の芸を継ぎたいと強く願いますが、八雲は「女に大名跡は継がせない」という伝統的な価値観から彼女の入門を拒否し続けます。

 「女は噺家には向かない。こればっかりはどうにもならねぇ」という八雲の言葉は、単なる八雲個人の意見を超えた、当時の落語界全体に根付いていた価値観を象徴しています。

 落語は主に男性の芸として発展し、廓噺(くるわばなし)や艶笑噺など、男性目線の世界観や色気、または男同士の人間関係を主軸にした演目が多くあったからです。

 八雲が小夏に「無理」と指摘したのは、落語という芸が持つ本質的な色気や人情の機微を、当時の社会構造の中で女性が正面から表現し、正当に評価されることの困難さを示唆しているとも解釈できます。

 小夏の闘いは、「生まれ持った才能や情熱が、性別という壁によって阻まれる」という、伝統芸能において女性が経験する根本的な葛藤ゆえのもの。彼女は落語を志す女性の代表でありながら、物語の主要な時代においては、その世界から「排除された」存在として描かれます。

 でも、時代は変わる。ここで思い出したいのは、朝ドラ『ちりとてちん』です。2007年放送のこのドラマは、貫地谷しほり演じる主人公の喜代美が上方落語家を目指すというストーリー。この作品は、落語が「現代社会で女性が活躍できるフィールド」であり、落語家という職業が、性別に関係なく「人生を豊かにする道」であることを提示しています。

 ただ、『ちりとてちん』では物語の終盤、ヒロインは子どもを授かり、同じ落語家である夫を支えるために落語家を引退します。そこには正直、ちょっとしたやりきれなさもありました。

 雲田はるこの原作漫画の連載スタートは2010年から。『ちりとてちん』以後の、女性落語家の物語なのです。伝統芸能における女の物語として、小夏が今後どうなっていくのかも、本作の見どころの一つといえるでしょう。

 今年は数年に一度の、伝統芸能がドラマや映画によって脚光を浴びる機会。ドラマを観終わったら、今度は本物の落語の高座にも足を運んでみてはいかが?

昭和元禄落語心中(NHK)

最終回 10/26(日)23:00~23:44
※NHK ONE(新NHKプラス)で同時・見逃し配信もあり