「精神安定剤をのんだ」最愛の妻を失い茫然自失…やなせたかしが綴った、絶望から立ち直るまでの“苦悩の日々”〉から続く

 ついに9月26日、朝ドラ『あんぱん』(NHK総合)が最終回を迎えた。主人公・のぶ(今田美桜)と夫の嵩(北村匠海)が年月を重ねて築いてきた深い絆は、多くの視聴者を感動させた。

 その物語のモデルとなったのが、『アンパンマン』の生みの親である漫画家・やなせたかしと、妻・暢である。長年にわたり公私を共にした2人のあいだにも、ドラマに描かれた以上に強い信頼と支え合いがあった。

 実際の2人はどのように夫婦として歩み、晩年を過ごしたのか。やなせ氏が自らの言葉で綴った著書『アンパンマンの遺書』(岩波現代文庫)から、その一端を抜粋して紹介する。(全4回の4回目/最初から読む

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妻の死後、やなせたかしの晩年

 ぼくは葬式というのはあまり好きではない。カミさんの葬式もしなかった。結婚式もせず、葬式もせずである。形式的なことが嫌いだ。

 この稿を書いている時、吉行淳之介がこの世を去った。どうしようかと随分迷ったが、家で個人的に焼香してひそかにお別れをした。宮城まり子さんに逢ってニョゴニョゴと口の中で意味不明の慰めの言葉を言うことに耐えられなかった。

 カミさんが生きていれば、お尻をひっぱたかれるところだ。カミさんは割合とケジメをしっかりつける気質で、形式も重んじた。さすが茶道の教授である。

「私がいなくなって、あなたほんとに自由になれたでしょ」

 カミさんの声がきこえるような気がする。

 たしかにぼくは、前よりももっと自由になった。何をしても怒る人はいない。でも、もうぼくは気力がない。あんまり何もしたくない。

  生まれた時はひとりだったし

  死ぬ時もひとりだもの

  今ひとりだってさびしくない

  でも少し さびしい

  なぜだろう?

2025.10.11(土)
著者=やなせたかし