〈「大丈夫だと言ってたよ」やなせたかしが末期がんの妻についた“優しい嘘”…余命宣告後に起きた“信じられない奇跡”とは〉から続く
ついに9月26日、朝ドラ『あんぱん』(NHK総合)が最終回を迎えた。主人公・のぶ(今田美桜)と夫の嵩(北村匠海)が年月を重ねて築いてきた深い絆は、多くの視聴者を感動させた。
その物語のモデルとなったのが、『アンパンマン』の生みの親である漫画家・やなせたかしと、妻・暢である。長年にわたり公私を共にした2人のあいだにも、ドラマに描かれた以上に強い信頼と支え合いがあった。
実際の2人はどのように夫婦として歩み、晩年を過ごしたのか。やなせ氏が自らの言葉で綴った著書『アンパンマンの遺書』(岩波現代文庫)から、その一端を抜粋して紹介する。(全4回の3回目/続きを読む)
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やなせたかしの妻・暢の最晩年
時に平成5年9月5日、カミさんの余命はあと2カ月だったが、ぼくはこの時はまだ来年の正月は越せると確信していた。そして、仕事をいそがしく続けていた。
このあとのことはうまく書けない。心が乱れる。
11月になって、カミさんは女子医大に再入院した。放射線治療で貧血がひどくなり、輸血しなくてはいけなくなったのだ。
もともと貧血気味で、血管が人並外れて細く、すぐ内出血するのに輸血は無理と思ったが、素人が口出しできることではなかった。

「今度退院したら、あなたのいうとおりにするわ」
そう言ってカミさんは入院した。
ぼくは毎日見舞にいったが、輸血すると顔色がよくなり、割合と元気だった。ベッドのまわりにはアンパンマンの手拭いやTシャツが沢山おいてあり、看護婦さんや見舞客に配っていた。
カミさんが逝ってしまったのは、11月22日4時過ぎだった。
ほとんど何の苦しみもなく息が絶えた。頭の血管が破れた。75歳の生涯が終った。
2025.10.10(金)
著者=やなせたかし