もはや社会現象と呼べるほどの大ヒットとなった『国宝』。

 吉田修一の長大な原作を脚本家はどう絞り、物語の重心をどこにおいたのか。

 3時間をあっという間に感じさせる脚本のマジックを奥寺氏自身が語る。

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大ヒット前夜の葛藤

「初期の構想だと、6時間の作品になっていました」と話すのは、興行収入100億円を突破した『国宝』の脚本を担当した奥寺佐渡子さんだ。

「これだけ、会う人、会う人が『観たよ』と言ってくれる作品は初めてのことです」

 原作は吉田修一氏の新聞連載小説。文庫なら上下巻で800ページを超す長編だ。李相日監督から奥寺さんに依頼が届いたのは4年ほど前。本格的に執筆に取り組み始めたのは2022年の春だった。

 奥寺さんの仕事ぶりがうかがわれるのが、紅白装丁の単行本上下巻だ。色とりどりの付箋がたくさん貼られていた。

「付箋の色は分類ですね。舞台のシーン、あるいは登場人物の誰と誰のシーンというように分けてあります」

 当初は吉沢亮が演じる主人公・喜久雄の私生活や、高畑充希演じる春江など女性のエピソードにも厚みがあった。しかし、小説とは違って映画には「尺」という縛りがある。二稿、三稿と進むにつれ、人間関係は喜久雄と、横浜流星演じる俊介の関係性に絞られていった。

「吉田先生が全精力を注ぎこんでお書きになった原作を、『こんなに単純な話にしていいのか……』という葛藤はありました。原作には群像劇としての魅力がありますが、映画では“血”のない喜久雄と御曹司である俊介の関係性、芸事に焦点を当てたことで、スムーズに書き進められました」

 およそ3時間、喜久雄が“国宝”となる一代記は一気呵成に進んでいく。長尺と聞いて二の足を踏むシニア層も多かったが(用足しの心配があるからだ)、結果的にスクリーンから目が離せなかったはずだ。

 昨今、配信によるドラマの視聴が増えたことで、作劇術も変化している。

「テレビの脚本では視聴者を飽きさせないように、10分に一度は目を引くシーンを入れて欲しいというリクエストがあったり、最近は倍速視聴をする方も多いので、そうした視聴形態にも耐えられる形にして欲しいと言われます。そうした手法を採り入れつつ、3時間に収めたいと考えていました」

 ただし筆が乗って、長く書いてしまったシーンもあった。

「冒頭の料亭での討ち入りです。ああいうシーンは今まで書いた経験がなかったので、思わず書きすぎてしまい、もう少し短くして欲しいと言われてしまいました(笑)」

2025.10.05(日)
文=生島 淳