ラストを原作とは別の演目にした理由

 原作では三味線、胡弓、琴をひとりの役者が奏でる『阿古屋』が最後の演目となる。戦後、六代目中村歌右衛門(田中泯が演じた小野川万菊は歌右衛門を連想させる)、そして坂東玉三郎に受け継がれてきた歌舞伎役者の技量を見せる演目だ。原作のクライマックスはかなり衝撃的なだけに、映画における最後の演目選定には頭を悩ませたという。

「最初は原作通り『阿古屋』で行こうとした時期もありました。ただ、私たちの中にはラストシーンは喜久雄の舞踊で締めたいというイメージがあって、女方の舞踊といえば『鷺娘』が映えるんじゃないかということで決断しました」

 深々と降る雪のなか、鷺は苦しみ傷つきながら死んでいく。その孤独な姿は「悪魔との取引」を望み、芸に人生を捧げた喜久雄の寂寥と重なる。

「映画はクランクインの直前になって中止になることも珍しくありません。でも、『国宝』はどうしても私が観たい作品でした。それが実現して、本当にうれしいです」

おくでら・さとこ 1966年、岩手県生まれ。93年に『お引越し』で映画の脚本家デビューを果たす。2011年には『八日目の蝉』で第35回日本アカデミー賞の最優秀脚本賞を受賞。『時をかける少女』(06年)、『サマーウォーズ』(09年)など細田守監督作品の脚本を多く担当。『下剋上球児』(23年)などテレビドラマでも多くの作品を手掛けている。

『国宝』

吉田修一の同名小説を李相日監督が映画化。任侠の一門に生まれながら歌舞伎の世界に飛び込み、血筋に抗いつつ運命に翻弄される男が、「国宝」に上り詰めるまでの激動の人生を描く。主人公・喜久雄を吉沢亮、その生涯のライバルとなる俊介を横浜流星が演じ、渡辺謙、寺島しのぶ、田中泯らが共演に名を連ねる。

 

監督:李相日/出演:吉沢亮、横浜流星、高畑充希、寺島しのぶ、森七菜、三浦貴大、見上愛、永瀬正敏、中村鴈治郎、田中泯、渡辺謙/原作:吉田修一『国宝』(朝日文庫・朝日新聞出版)/2025年/日本/175分/配給:東宝
©吉田修一/朝日新聞出版 ©2025映画「国宝」製作委員会

2025.10.05(日)
文=生島 淳