乙女心を掴んで離さない、低く力強い「声明」

 お水取りは女人禁制、にもかかわらず多くの熱心な女性ファンが詰めかけます。

 私も二月堂に参りますと顔見知りの常連聴聞客から「お! 水取りギャル、今年も来よったな!」とお声がかかることがあります。いえ、もうすっかりギャルではございませんが……。

 お経に美しい節がついたものを声明(しょうみょう)といい、東大寺のそれは低く力強くとても男性的なもので、乙女心を掴んで離しません。

 女人禁制といっても内陣に入れないくらいで、そんなに不自由は感じません。声明も聞くことができますし、格子越しに中の様々な行法を見ることもできます。しかし、それには長時間座ることを厭わない「情熱と根性」が必要です。

間もなく走りの行法が始まる。白い戸帳(幕)が巻き上げられ幻想的な内陣が姿を現した。(撮影 木村昭彦)

 また様々な伝説に彩られているのもこの行法の魅力です。

 その一つで有名なのが「青衣(しょうえ)の女人」の伝説です。

 鎌倉時代、練行衆が過去帳(東大寺ゆかりの物故者の名簿のようなもの)を読みあげていると、女人禁制の堂内に青い着物の女性が忽然と現れ、「なぜ私を過去帳に読み落としたのか」、そう言って消え失せたといいます。以来、今でも過去帳で「青衣の女人」と読み上げています。しかし、それが誰なのかは、諸説あって今も謎だということです。

 ロマン溢れるこの伝説に憧れ、全国から多くの聴聞客が押し寄せ固唾を呑みます。

【過去帳の青衣の女人のひと節を聞かむがために今宵座りぬ 文花】

拙作の練行衆人形と堂内を荘厳する椿の造花。

 「お水取り」で汲み上げるお香水は、若狭の神様が若狭の神様が釣りをしていて遅参したお詫びに送ってきた水ですし、練行衆がお堂のなかを走るのは天界の流れの早い時間に追いつこうとしているから。

 お水取りの期間中、東大寺二月堂は伝説と現実が錯綜する異空間になります。

華厳宗大本山 東大寺
所在地 奈良市雑司町406-1
URL http://www.todaiji.or.jp/
※2015年のお水取り行事の「お松明」は3月1日から14日まで毎日開催。

中田文花(なかたもんか)
日本画家。描く事で仏教や日本の伝統文化を伝える。院展、万葉日本画大賞展など多くの公募展に入選。平成23年東大寺にて得度、在家尼僧となる。薬師寺機関紙挿絵、知恩院機関紙表紙絵を連載中。趣味:短歌、舞楽、龍笛、茶道。
ホームページ「文鳥寺画房」 http://bunchoji.com/
Twitter https://twitter.com/nakatabuncho

Column

尼さん日本画家 中田文花と遊ぶ古都風物詩

大人になったら東大寺でお土産を売る人になりたかった――お寺好きがこうじて尼僧になった関西在住の日本画家・中田文花さんが、関西の伝統文化と美の世界を分りやすく案内します。

2015.02.28(土)
文・撮影=中田文花