日本が誇る素晴らしい絵の具のお話

 もう、20年も前のことですが、初釜の余興に、ミナミで評判の占い師が呼ばれていました。とても上品な雰囲気の年配の女性でした。

 私は特に素性は話さず、生年月日だけを伝えました。すると、「あなたには、日本の伝統を伝える役目があるようですね」と言われ、本当にびっくりしましたが、この言葉はその後の人生の後押しになったと思います。

 社寺の行事や伝統文化が大好きで、深く知るにはその世界に飛び込むのが一番と、歴史画の大家に入門。気が付けば能楽師に嫁ぎ、雅楽を習い、尼さんになっていました。

 占い師に言われたこと、よく当たっているではありませんか(笑)。

 早いものでこの連載も今回で最終回になります。お正月が終わるとまた二月堂のお水取りモードに入ります。毎年、お水取りを題材にした作品を作っているのですが、今年は練行衆人形と練行衆の履く「差懸(さしかけ)」のミニチュアなど制作中です。練行衆というのはお水取りで行をされる11人のお坊さんたちのことを言います。

 連載初回は「東大寺二月堂お水取り 女人禁制なのに女性が惹かれるワケは?」と題してお水取りの魅力を書かせて頂きました。堂内(内陣)は女人禁制にもかかわらず熱心なお水取りファンの女性がつめかけます。

お水取りの練行衆人形と差懸などの工作(紋は架空)。

 しかし尼さんとして躊躇して書けなかったひと言があります。最終回なのでやっぱり書いておきます。

 それは「練行衆はかっこいい!」ということです。決して不謹慎なつもりはありません。見ていて身が引き締まるようなかっこよさです。

 練行衆のお召しになる衣の、僧綱襟とよばれる摩可不思議な三角の襟や大きな袖のシルエットは、計り知れないカリスマ性を生み出します。その一挙手一投足を見逃すまいと女人たちは見入るのです。

 また差懸とは二月堂の堂内で僧侶が履く、歯の無い下駄のようなもので、二月堂の床板を打ち鳴らすダン! ダン! という音が冷え切った夜空にまで響き渡ります。

【水取りや籠りの僧の沓(くつ)の音】

 という芭蕉の句に詠まれている沓というのがこれです。古都奈良の春は、この沓の音とともにやってきます。

 差懸の和紙で作られたつま先を覆う部分は胡粉という日本画の絵の具で白く塗られ、暗い堂内にほの白く浮かび上がり目を引きます。さて今日はこの胡粉という日本が誇る素晴らしい絵の具のお話です。

 胡粉という白は、千年以上の伝統があるもので、日本画の中でも最も重要な絵の具であります。能面をはじめ、雛人形や文楽人形のお顔や、社寺の建築の彩色にも使われています。また「盛り上げ胡粉」と言って、厚みのある表現もできます。

 必ずどこかで目にしているにもかかわらず、あまり知られていないのは、やはり学校の授業で使われないからだと思います。なぜ義務教育の中で日本の伝統の絵の具を使わないのでしょうか?

2016.02.06(土)
文・撮影=中田文花