イラストやアニメーションまですべてを自ら手がける

伊藤 こういう才能ある若者が音楽業界を目指したっていうのも、ニコ動っていうメディアだったり、ボカロという技術があったから。そう考えると、音楽って今まで以上に期待の持てる分野になってきている。10年前にはなかった世界ですよ。

山口 そうですね。でもこれからの若いアーティストは、ニコ動やYouTubeを使って世に出てくるのが普通の選択肢の一つになるでしょうね。レコード会社にデモテープを送るのと等値で考える、むしろそれより手っ取り早いと思うでしょう。何年後かに「米津以降」と語られるような存在になるかもしれません。

伊藤 Jポップとしてはそんなにキャッチーとは言えないが、世界観の美しさは聴き手の心を掴むものがある。今回タイアップは付いていないけど、もし化粧品CMなんかで流されたらすぐにネットで検索されて話題になりそうなイメージ。聴かれるチャンスさえあれば、この曲の、米津玄師の世界観に惚れこむ人は多いだろうな。

山口 そうですね、才能を感じます。

伊藤 歌、作詞、作曲、アレンジ、演奏、プログラミング、イラスト、アニメーションを全部一人でやってるっていうんだから凄い。ニコ動とかジャケとかでみる彼のイラスト、単純にイラストレーターとしても魅力的。

山口 先日、サウンドプロデューサーとして活躍しているnishi-kenさんに、プロ作曲家育成の「山口ゼミ」にゲスト講師で来てもらったのですが、その際に「これからの音楽家はオールインワンで、全てできなくてはいけない」と言っていました。テクノロジーの発達やデジタル機器が安価になったことで、「何でもできる」ということが求められる時代だと、その上で自分のブランドを築くべきだという趣旨で、その通りだなと思いました。

伊藤 たしかに2人とも才能あるオールインワン・クリエーターですね。ただ伊藤涼的には、これからはコープロダクション(共同制作)で想定外を生み出す時代だと思っていますけどね! はい、でしゃばりました(笑)。

山口 オールインワンになった上で、コラボレーションするということかなと僕は解釈しています。そのnishi-kenさんは、来年早々に初のソロ作品を配信リリースするそうで、聴かせてもらいましたけれど、すごく良かったです。機会があったらこのコラムでも採り上げたいですね。

 さて、米津玄師「Flowerwall」からはどんな「妄想」が浮かびますか?

伊藤 彼女と僕は、2人が育った田舎町の外れにある井戸に落ちた。幸か不幸か、井戸の水は涸れていた。交互に大きな声をあげて助けを呼んだが、誰も現れない。やがて疲れて井戸の底に座り込み、2人は見つめ合い、そして井戸の口を見上げた。切り取られた青、通り過ぎる雲、風が「ホーホー」と鳴く。時折、聴こえてくるガサガサという何かの音は、突然大きな塊が上から飛び込んでくるんではないかと不安にさせた。

 2人は手を繋ぎ、訪れるか分からない未来を、呟くように話をした。井戸の底にいる彼女は、いつもとはまったく違ったように感じた。結局、一晩をそこで過ごしたんだけど、何も起こらなかった。まったく、まったく何も起こらない。ただ、月だけが、井戸を塞ぎ2人を世界から隠した。

山口 シュールなおとぎ話。

米津玄師「Flowerwall」
ユニバーサル ミュージック 2015年1月14日発売
初回限定盤[CD+画集+DVD]1,900円、通常盤[CD]1,100円、限定スペシャルセット[CD+A2サイズクリアポスター]1,500円(税抜)
■米津玄師は1991年生まれ、徳島県出身。2009年からハチ名義でニコニコ動画へオリジナル曲の投稿を始め、注目を浴びる。12年には本名の米津玄師としてメジャーデビューを果たし、14年にリリースしたセカンドアルバム『YANKEE』はオリコン2位を獲得した。
■「Flowerwall」作詞・作曲/米津玄師 編曲/蔦谷好位置、米津玄師
■オフィシャルサイトURL http://reissuerecords.net/

2014.12.28(日)
文=山口哲一、伊藤涼