右目を見開き天を見据え、左目で地を睨みつける不動明王が、二周目に入らんとする恃照の眼前に聳える。歩は遅く、身体の軸はやや定まらぬが、恃照は一歩一歩、着実に阿闍梨にならんとしていた。
不動明王像を正面に捉えると、恃照は念珠を握りしめた。
これを終えれば、わしはあなたになる。そして、わしはわしになる――。
「光佑、憲性」
呼ばれた二人は恃照に返事する代わりに、動きを止めてその場に蹲った。ともにまだ十五にもならぬ小僧である。
「もうよい」
青々とした坊主頭が顔を上にあげ、そのつややかな唇をぱかりと開いた。どうしてよいか分からぬと見え、隣に蹲踞する小僧と目を見合わせた。二名の小僧が何も発さぬのは、堂入りの最中は不要不急の際を除き声を出してはならぬというきまりを忠実に守ったというより、予想外の展開に紡ぐべき言葉を見つけられなかったようだった。
「聞こえぬか。下がれ」
背後に侍る小僧らが動こうとせぬので、恃照は語気を少し強めた。先ほど口に含んだ薬湯の効き目は全くなく、口内はねっとりと滞っている。人の汚物をかき集めたが如き悪臭を自らの鼻で吸うに堪え切れず、恃照は最早これ以上口を開きたくないとさえ思った。
「出来ませぬ」
光佑と呼ばれた小僧が口を開いた。左側に侍する憲性も黙して光佑に同意したと見える。恃照は鼻から息を大きく吸い込み、吐き出した。体内に充満した屍臭を換気するが如く、二度三度と繰り返した。最早己のどの穴からもこの屍臭が放たれるとみえ、諦めて口を開いた。
「……先例になかろう」
二人を責めても仕方ないことは、恃照にも分かっている。しかし、そう言わずにはおれなかった。困じ果てた光佑は、それでも恃照に言上した。
「恐れながら……恃照さまに万一があってはならぬと、憲雄さまお直の御下知にござりまする」
「た、わ、け」
2025.09.22(月)