映画の原作となる『ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人』(光文社文庫)の主人公は神尾武史。かつては、ラスベガスで「サムライ・ゼン」として名を馳せた元マジシャンで、現在は恵比寿でバー「トラップハンド」を経営する。金にシビアで、嘘をつくことを躊躇しない。鋭い観察力とマジックの技術を駆使して、自分の知りたい情報を得る。

 物語は、武史の兄、英一(仲村トオル)が自宅で絞殺される事件から始まる。結婚直前だった英一の娘・神尾真世(有村架純)は父の突然の死を受けて、実家に帰省。そこで、疎遠だった叔父・武史と再会する。武史の言動に振り回されながら、事件の真相に迫り、過去の因縁を解き明かしていくというストーリーだ。

ダークヒーローの存在感を支えてくれた有村架純

「東野先生とともに、ガリレオという作品に挑み続けた道は、憚りながらですが、ジョージ・ルーカスとスティーブン・スピルバーグが組んだ映画『インディ・ジョーンズ』に対して寄せられる、一大エンターテインメント感を背負って、予想は裏切るが期待は裏切らない、という道のりでした。

 今回の映画『ブラック・ショーマン』はガリレオとは全く違う作品。原作は上質なミステリー。神尾武史は息を吐くように嘘をつく “口の達者な人”で、『この人は何を言っているんだろう?』という発言から入って、いつの間にか『知りたい情報』を引き出すような手品的な会話劇が展開されます。面白くもあり、どこか怖さもあるキャラクターに魅了されました。ただ、この神尾武史の存在感は現実的かというと、非現実的な部分も多々あります。

 その非現実と現実を繋いでくれて、作品にリアリティを与えてくれたのは、真世役の有村架純さんのお芝居と佇まいでした。結婚を前に突然、父を亡くした悲しみをこらえて、叔父と真相解明のために調査をするというのは、とても難しい設定です。深い悲しみの中にある真世が、人の神経を逆撫でするような武史の行動や、警察を出し抜き、関係者を欺く、彼の思考回路についていけるの?と思われるでしょうから……。

 父親役の仲村トオルさんの写真を、携帯電話の待ち受け画面にしながら、撮影に臨んでいたということをうかがって、有村さんの表現力は、確かな実力と入念な準備によってできているんだと感嘆しました」

2025.09.11(木)
文=「週刊文春」編集部