編集部注目の書き手による単発エッセイ連載「DIARIES」。今回はライター・エッセイストの生湯葉シホさん。子どもの頃から、耳はいいが、声が致命的に小さかったという生湯葉さん。耳がいいおかげでしてきた得と声が小さいせいでしてきた損を比べると…? かき消され、存在までがあやふやになったりもする「小声」についてのお話。

 あなたに私の声が届いていないときも、私の耳にはあなたの声がほぼ確実に届いている。例外はないと言っていい。私は耳がいい。いっときは、アパートの隣の部屋の壁越しの、まったくの他人のiPhoneのバイブレーションで目を覚ましていたくらいなのだから。オフィスの休憩室で、あるいは居酒屋のトイレに並ぶ列の中ごろで、私に聞かれていないつもりの内緒話をしているあなたたちの会話はたいてい耳に入っている。悪口だって聞こえているし、Cさんが来月昇進することも、KさんとMさんが付き合っていることもじつは知っている。でも、人には言わない。だってそれは耳がいい人間にだけ課せられた、ちょっとした優越感とセットの守秘義務みたいなものだし、どのみち私がそんなことを人に言ったって聞こえないんだから。

 むかしから声が致命的に小さかった。耳がいいおかげでしてきた得と声が小さいせいでしてきた損を比べてみると、損のほうが断然多い気がしてしまう。高校生のころ、ただでさえ小さい声が目上の人の前ではもっとか細くなってしまって、文芸部の先輩の前ではほとんど息だけで喋っていた。……おっ……れ…まです。ひとつながりの言葉を喋るためには、ラジオのチューニングを合わせるみたいに、最初の何音かをためしに発声してみて息の量を調整する必要があった。ある日、部室のある校舎につづく長い渡り廊下を歩いていたとき、廊下の突き当たりにある階段の上方から、「ウィスパーさんてまじで挨拶せんよね」と声がした。離れていたけれど、それが踊り場にいる奈子先輩の声だとはっきりわかった。あ、私ウィスパーさんって呼ばれてんだ。

 人生において、小声のせいであだ名がついたのはそのときだけではない。というか現役で、私は近所の飲み屋の常連たちにショウコちゃんと呼ばれている。その飲み屋に初めて行ったとき、そろそろ店閉めようと思ってたんだよお、とカウンター越しに告げてきたマスターはもうかなりできあがっていて、常連のひとりが東北土産に持ってきたという日本酒を海賊みたいにラッパ飲みしていた。これは早いとこ帰ろうと背を向けたそばから、名前なんて言うの、と気のよさそうな女性客が訊いてきた。

「……シホ……す」「ん?」「シホです」「ショウコちゃんかあ」

 ああだめだショウコになってしまった、と途方に暮れているうちに、どういうわけだか私はそれを訂正できないまま彼ら彼女らと意気投合してしまって、気がついたらデニーズで4人ならんでモーニングセットの目玉焼きをつついていた。車窓のように広々としたデニーズの窓からは朝日が差し込んでいて、窓のちいさなデニーズって人生で見たことない気がする、などとぼんやり考えていたら、こんど夏フェス行こうよショウコちゃん、とひろみさんが言った。ひろみさんの高い鼻は朝日に照らされると陰影がくっきりして、版画みたいに見えた。はい、ぜひ、と私は小声で言った。

 声が小さいというコンプレックスを解消したかったから、20代のころはかえって声を使わざるをえないバイトばかりしていた。インフォメーションセンターの案内スタッフ。ガールズバーの店員。テーマパークのキャスト。中でもテーマパークのキャストにとって声は命だった。私は愛と夢にあふれた独立国家に人々を招き入れる入国管理官として、来る日も来る日も入国者たちに手を振りながら笑顔であいさつしつづけた。おはようございます、モンジャラ~。いってらっしゃいませ、モンジャラ~。お帰りなさいませ、モンジャラ~。入国ゲートを通り過ぎていく人々はときどき、「いまあのお姉さんなんつった?」と怪訝な顔をした。シホさんもっとお腹から声出して、と先輩社員が無線越しに指示してくるときも、私にはバックヤードにいる先輩の生声がちゃんと聞こえていた。再入国に必要なチケットを落としてしまった大人のきまり悪そうな小声も、家族とはぐれたと訴える子どもの不安げな声も聞こえていた。わかっている。ずっとわかっている。ただ大きい声が出せないだけで、私にはあなたたちの声はずっと聞こえているのに。

2025.08.29(金)
文=生湯葉シホ