主人公・嵩のモデルであるやなせたかし氏の人格形成に決定的な影響を与えたのは、実は早世した父・柳瀬清の存在だった。
清は講談社で『少年倶楽部』の編集に携わり、東京朝日新聞では記者として活躍した文化人であった。やなせ自身が後に証言しているように、父は「文学と絵を愛した」人物で、家には豊富な蔵書があり、音楽にも親しんでいた。幼いやなせがその後漫画家・詩人として開花する芸術的感性の源流は、この父の文化的素養にあったとされる。
「父さんの分も生きてみんなが喜べるものを作るんだ」
その点、ドラマでは一瞬の出演となった清の見せ場の少なさが気になっていたが、その後に重大な場面が用意されていた。戦地で極度の飢えで倒れた嵩の前に清が夢か幻のように現れるのだ。
第59回(6月19日放送)で清は嵩に「こんなくだらん戦争で大切な息子たちを死なせてたまるか」「おまえは父さんの分も生きてみんなが喜べるものを作るんだ。何十年かかったっていい。あきらめずに作り続けるんだ」と語りかける。生死をさまよう息子をとどまらせ、なおかつ創作への情熱を注ぎこむ役割を担っていたのだ。

台本に書いてないことを急にやりたくなった時に…
二宮は2006年のクリント・イーストウッド監督『硫黄島からの手紙』で新兵の西郷を演じた。この時の体験について二宮は後に「戦争肯定派を良しとしていた時代に、今の私たちと同じ視点で『戦争反対』と言える存在」と西郷という役を振り返っている。

イーストウッド監督は、二宮が台本に書いてないことを急にやりたくなった時に「そういうことをやっていいの?」と尋ねた際、「いいんだよ」と答え、自由に役作りを膨らませることを許可した。
日本でも大きな話題となったこの大抜擢だが、ホテルの一室で行われたオーディションで、監督不在という状況から面白くなさそうな態度を見せていた二宮の雰囲気が、監督のイメージする西郷そのものだったという。戦争の無意味さを肌で感じ取った西郷の役作りを通して、二宮は戦争というテーマに深く向き合う経験を積んだ。
2025.08.28(木)
文=田幸和歌子