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ハレの日にふさわしい凝りに凝ったごちそうに舌鼓

◆セニア

 ダウンタウンエリアにある「セニア」も忘れがたいお店で、ここはハレの日のごちそうを楽しむ一軒。シェフのアンソニー・ラッシュ氏はイギリス生まれ、主にニューヨークやカリフォルニアのフランス料理店でキャリアを築き、2016年にこの店をオープンさせた。「自分のベースにあるのはクラシックフレンチ」という考えを軸にしながら、柔軟に現代のトレンドとハワイ食材を中心に据えて、独創的な料理を展開されている。

 牛の骨髄をローストして、テール肉と合わせて作ったマーマレードとイギリス流のピクルスを合わせ、パンにはさんで食べるなんて凝りに凝った料理には驚いた……! しかし味わってみればシンプルなおいしさにあふれて、シェフの遊び心に唸る。「こんなことやったらおいしいかも」と思いついたら、試さずにはいられない人なのだろうな。

 世界の大都市で学び、働いてきた彼はハワイに永住して料理人として働いている。「なぜハワイを選んだの?」と聞いてみたら真っ先に「ウェザー」と答えたのには、いかにも灰色の曇りの国イギリスで生まれ育った人という感じで、笑ってしまった。

 「あとはそうだな……エスケープリズムとアドベンチャーがハワイの魅力だよね」と彼。自然のアドベンチャーもあれば商売上のアドベンチャーもあるだろうけど、エスケープは何から、と尋ねたら「都会の喧騒から」と。

「ニューヨークや東京のような大都市で働いたら、ハワイにエスケープ・バックするような生活がいいと思うんだよ」

 いかにも頭の切れる料理人兼オーナーといった風情の彼だったけれど、このときだけ少し遠い目で、憧れを語るような口調で言われたのが印象的だった。夢を現実にしたんだなあ。凝った味つけの料理もあるけれど、地元農場の旬菜を使ったサラダはごくシンプルな味わいだったし、全体的に重くない、体にやさしい味付けを主としている印象。癒しのハワイ、なんて言葉がフト浮かぶ味だった。

 「とにかく予約が取れないの、最近とみに」とは地元の方。アラカルトのほか、おまかせコースをカウンターでいただく「テイスティングコース」が特に人気のよう。シェフと食トークを交わす人々の熱心な様子が心に残る。

2025.08.06(水)
文・撮影=白央篤司