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「見たんだ……白い煙突……」

「ちょっと待って、煙突って……白い煙突?」

「う、うん……」

「どこにあったの?」

「え、いや、だからあの道の先、20メートルくらいで――」

 Tさんはそう言って駆け下りてきた道を振り向いたそうですが、どうもその様子が変でした。

「見たんだ……白い煙突……」

 道の先で見たという白い煙突や建物など、どこにも見えませんでした。

「おい、もう行くぞ……ほら、早くして」

 行きのワクワクがまるで嘘のようにみんな静かでした。かすかに聞こえて来たのは、女子たちのすすり泣く声と、Tさんのお兄さんがブツブツと漏らしている声だけでした。

「これ、やっぱ母さんとか先生に言ったほうがいいやつだよなぁ……くそ、なんなんだよマジで……最悪だ……」

 ふと、先頭を歩いていたTさんのお兄さんが立ち止まって振り返りました。

「みんな、今日のことは俺から先生たちには言っておくから、誰にも言うなよ。入っちゃいけないところに入って怒られたってなったら大変だからさ……いいな!」

 恐怖で我を失っていた一同でしたが、確かに自分たちの無謀が招いた事態だと気がつき始めたのか、口々に「確かに……」「バレたらやばいよこれ……」と口走り、あの出来事はここだけの秘密にしようということになったのです。

2025.08.14(木)
文=むくろ幽介