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いつもの煙突に目をやると……

授業のあと、Yさんは担任の先生に職員室に呼び出されました。
「Yくん、今日はキミもう帰りなさい」
「え、な、なんで?」
「いやね、さっき今日休んだTくんのお母さんから連絡があってな、一緒に行ってくれた高校生のお兄さんいただろ? 彼もTくんと一緒にも高熱出したみたいで、なんかの感染症とかだったらよくないから、一応病院に行った方がいいと思ってね。あ、君のお母さんにはもう伝えているから安心して」
職員室を出ると盗み聞きをしていたクラスメイトに「早退はずるいぞ」などとイジられたそうですが、Yさんの中には正体の見えない不安と焦りだけが渦巻いていました。
教室から見える里山と白い煙突。その下で逃げ惑う粒のような人影たちを大きな背丈の人影が捕まえてあの煙突の中に引き摺り込んでいく……そしてくぐもった悲鳴が響き、黒い煙がモクモクと立ち上る。
頭の中でそんな想像が膨らんで息が詰まってきたYさん。さっさと帰ろうとクラスメイトを無視して教室のドアを開けると、窓際の席に早足で向かいました。
見るつもりはありませんでした。
けれど、そのとき自然と目があの白い煙突に向いてしまったのです。
白い煙突なんてどこにもありませんでした。
何もなかったのです。まるで最初からそんなものどこにもなかったみたいに。
「煙突……あの、あれ?」
「煙突?」
「山の中に建っていた、白い煙突」
「そんなの建っていたか? 俺授業中によそ見しがちだからわかるけど、あの山に煙突なんてないぞ」
休んでいた女子たちやTさんは、一週間ほどで無事戻ってきました。あの虫捕りのあと不意に体調が悪くてみんな寝込んでしまったのだそうです。
誰も、白い煙突や背の高いおじさんのことなんて覚えていませんでした。
その日から、二度と窓の向こうに白い煙突が見えることはなかったそうです。
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禍話
2025.08.14(木)
文=むくろ幽介