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 三宮から山手幹線を東へ。車を走らせること20分。御影は、六甲山麓の緑豊かな街で、「灘五郷」とよばれる日本有数の酒どころのひとつであり、高級住宅街としても知られるエリアだ。

「この界隈にはおいしいお店がそろってるんだ。フレンチの名店『御影ジェンヌ』、ぼくの大好きなビスキュイのお店『マモン・エ・フィーユ』、その向かい側には元プロサッカー選手が店主を務める自家焙煎コーヒーのカフェ『アルスター&ガーテン』があって、ぼくが神戸でいちばんおいしいパン屋さんだと思ってる『ブーランジェリー ビアンヴニュ』もある。みんなぼくの大切な“グルメ友だち”だけどね(笑)」。

 13年前、神戸へ“おひとりさま”移住した松本さんは、「食」を通じて友だちの輪を広げていった。「この街のおいしいもの」を知る人と仲良くなり、その人を通じておいしいお店のシェフと仲良くなり、そのシェフの友だちのシェフと仲良くなり。「ぼくの場合、食いしん坊ネットワークだから」と松本さんは笑う。「でもそれはとっても大事なことなんだ。その街の胃袋を知れば、その街の形を知ることになり、その街で生きるための術も身につく。食べることは生きることだから」

 じゃあ、その「食いしん坊ネットワーク」の起点は? と聞くと、「いやもう、どこの誰が最初だったかなんて覚えてないな」と松本さん。

「ただ、最初は先導なんて誰もいなかった。たまたま住んだところの周辺においしいお店がいろいろとあって、しらみつぶしに一軒一軒、1人で回っていったんだ。食べログとGoogleマップと自分のカンだけを頼りに。東京にいるときはそんなことをしたことがなかった。なんとなく決まったお店に行くことが多かったからね」

 「ブーランジェリービアンヴニュ」のオーナーシェフ大下尚志さんもそうやって知り合った1人であり、松本さんの「輪」を広げてくれた人でもある。

 「今日の午後はいると聞いてるんだけど」と松本さんが店を覗くと、大下さんが「センセイ、いらっしゃい」と人懐っこい笑顔をみせた。

2025.02.26(水)
文=辛島いづみ
撮影=平松市聖