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松本 京平さんとの思い出というといろいろあるけど、なんと言っても南米旅行だよね。七九年の二月だったと思う。二人でどこかに旅行に行こうってことになって。まるまる一か月。

筒美 ちょうど桑名(正博)くんをやってた頃(編集部注:「セクシャルバイオレットNo.1」。作詞:松本隆、作曲:筒美京平)。リオのカーニバルが中心なんだけどね。当時、アマゾンまでは個人旅行では行けないからツアーに入って。意外とね、松本くんが自然とかがダメでね。

松本 意外とじゃなくて、全然ダメだよ(笑)。

筒美 ジャングルの中でね、蚊帳みたいなものの中に寝泊まりしたことがあったんだけど、ある夜、「わーっ!」ってすごい声がしてびっくりしたら、松本くんがトイレで「虫がいた!」って震えていた(笑)。

――松本隆対談集『KAZEMACHI CAFÉ』(2005年刊)より抜粋
 

 ここは鎌倉。緑豊かな丘陵地帯にある霊園。松本さんと一緒に訪れたこの日、週末の日曜日とあって、たくさんの墓参客で賑わっていた。

「ひさびさに来たよ、京平さん」

 墓前に跪いた松本さんは、そうポツリとつぶやくと、赤いバラを一輪手向けた。墓石には「一粒の麦」という言葉と、五線譜に書かれたメロディーが9小節分刻まれている。なんの曲だろう。

「歌ってみてごらん。すぐにわかるから」

 ラララララララ……ああ、そうだ、この曲は「街の灯りが とてもきれいね ヨコハマ ブルー・ライト・ヨコハマ~♪」。

 「そう。京平さんがいちばん最初に1位を獲得した曲。詞は橋本淳さん。残念ながらぼくじゃないんだけどさ」と松本さんがいたずらっぽい笑みを浮かべた。

 松本さんと筒美京平さんが出会ったのは1973年。松本さんは24歳、筒美さんは33歳。筒美さんは、「ブルー・ライト・ヨコハマ」(歌:いしだあゆみ)、「また逢う日まで」(歌:尾崎紀世彦)、「17才」(歌:南沙織)、「わたしの彼は左きき」(歌:麻丘めぐみ)といったヒット曲を連発する気鋭の作曲家で、松本さんは職業作詞家としての道を歩み始めたときだった。

「はっぴいえんど解散後、初めて書いた詞がチューリップの『夏色のおもいで』。その曲がスマッシュヒットした。すると、京平さんから『あの曲の詞が気に入ったから、松本隆っていう作詞家に会ってみたい』と声がかかったんだ」

2024.11.16(土)
文=辛島いづみ
撮影=平松市聖