奈緒はそう思っていた。

 数日後、雪乃が行方不明になるまでは。

 その日、雪乃は女学校に来なかった。

 朝、いつも待ち合わせをしている場所に姿を見せなかったので、珍しく遅れてくるのかと思って奈緒は先に学校へと向かったのだが、結局帰りの時刻まで雪乃が現れることはなかった。

 しかしその時は、あまり深く考えていなかった。人間なのだから具合が悪くなることはあるだろうし、それでなくとも、女子が学問を修めることを重要視しない大半の家では、女学校へ通うよりも家の用事のほうが優先される。

 もしも明日もお休みなら、雪乃の家にお見舞いに行ってみようか──などと呑気なことを考えていた夕方頃、事態が一変した。

 突然、奈緒の家に雪乃の両親が訪れ、「雪乃が行きそうな場所に心当たりはないか」と憔悴した顔つきで訊ねてきたのである。

 聞けば、雪乃は昨日の夜からふっつりと姿を消して、それっきり家に帰ってきていないのだという。

 奈緒は驚愕した。

 当然、警察には行ったのか、人を使って捜索しているのかと急き込んで問いただしたが、雪乃の父も母もそれには曖昧に言葉を濁すばかりだ。二人とも「事を大っぴらにしたくない、できるだけ秘密裏に見つけたい」と考えているらしいのが伝わってきた。

「いなくなったと言いますと、それは雪乃さんが自発的にどこかへ行ったということなのでしょうか。あるいは、何かの犯罪に巻き込まれたということは?」

 煮え切らない彼らの態度に苛々してきて、奈緒がそう問いかけると、二人はさっと顔色を青くしたものの、力なく首を横に振った。

「犯罪など、とんでもない。その、実は昨日、私が娘を叱りつけてね。それでつい衝動的に家を飛び出してしまったようだ。おそらく今頃は反省して、しかし帰るに帰れず、どこかに身を隠しているのだと思う」

 雪乃の父は恰幅の良い口髭のある男性で、普段患者を前にしている時は堂々として威厳のある態度をするのだろうけれど、今は何かに怯えつつ虚勢を張る中年男性にしか見えなかった。

2024.05.18(土)