じつを言うと、2016年ごろからずっと小説のアイデアが尽きている。2016年というと、はじめての単行本が出た翌年だ。いくらなんでも尽きるのがはやすぎる。
 書きたいことなんかもうなんにもないよ! と思いながらもどうにか絞り出してきたのだが、去年あたりからめっきり体力が落ち、集中力も十五秒ぐらいしか続かなくなり……といったあんばいで、いよいよもうむりなんじゃないかと思いはじめた。
 別冊文藝春秋の連載前の打ち合わせで「女性用下着の話を書きませんか(大意)」と言われた時も、反射的に「むりです」と言いそうになった。下着にいっさい興味がなかったからだ。
 いやだって、下着ってあの下着やんな? ゴージャスなレース、キュートなフリル、ラグジュアリーかつエレガントに、寄せて上げて盛ってきらめいてつやめいて自分らしく生きて、あるいはセクシーに大胆にいつもと違うわたしになる、ってな話を求められているっつうこと? なんでわたしに? 他の作家とまちがえているのでは? みたいなことを勝手に思い、「むりです」の「む」まで言いかけたところで、脳内のエネルギッシュとしが騒ぎ出した。
 エネルギッシュ敏子はわたしのイマジナリーフレンドならぬイマジナリー家政婦だ。年齢は五十六歳、力持ちで声がめちゃくちゃ大きい。
 エネルギッシュ敏子(以下エネ敏子)はわたしを「家事はやれば終わる!」としつしてくれる頼もしき存在なのだが、このエネ敏子、最近わたしの小説の仕事にもなにかと口を出してくるようになったのだ。

「ハッ『むりです』だって? ずいぶんえらくなったもんだねえ、アンタ」
「やってみる前に『むりです』とはアンタ、ハッ」

 この「ハッ」はアキが歌う時に発するかけ声(?)ではなくエネ敏子の特徴的な笑い声なのだが、とにかくその時のわたしの脳内はものすごくうるさかった。
 うるさいついでに、エネ敏子はわたしに二十年以上昔のことを思い出させてくれた。その頃、パワハラパラダイス(以下パワパラ)みたいな会社につとめていた。パワパラは給料が安くて満足に服も買えなかったため、安い服を買って自分でしゆうを入れたり、ボタンをつけかえたりしておしゃれを楽しんでいた。
 とはいえあまりにもトンチキなかっこうで出勤するとパワパラ具合に拍車がかかってしまうため、もっぱら通勤服の下に着用することになる。当時は微生物にはまっていたので、ミカヅキモやミジンコの刺繡をして楽しんでいた。
 ミジンコの刺繡をほどこしたキャミソールを着ているとなぜか、上司の理不尽なしつせきもてきとうに聞き流せた。「ミジンコ相手にキレてやがらあ」などと鼻で笑う余裕すら生まれた。身につけるものは、時折とんでもないパワーをくれることがある。
 そういう下着の話なら書けると思ったし、書きたいと思った。同時に、自分自身の女性用の下着にたいする「ゴージャスなレース、キュートな(以下略)」といった、偏見のような、固定観念のようなものをあらためて見つめなおしたいとも思った。下着というのはもっと自由で、多種多様なものであるはずだ。身につけるわたしたちがそうであるように。
 エネ敏子と二人三脚でがんばりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。

 
 

2024.05.13(月)