まるで脅すような目つきで釘を刺された。内心でムッとしたが、それは表には出さず、「お力になれず、残念です」と自分も立ち上がる。
応接間を出ていきながら、雪乃の母が涙声で「あなた、西藤さまにはなんと言えば……」と小さく囁く声を耳で拾った。父親のほうがそれに対して「バカめ、あちらには何も言わんでいい。雪乃を見つければ問題ないんだ」と怒ったように返す声もだ。
パタン、と扉が閉じられると、ずっと部屋の隅で控えていたばあやが、呆れたようなため息をついた。
「まあ、なんでしょうねえ。娘さんがいなくなったというのに、ご自分たちの体面ばかりを気にしているようでしたよ」
本当ね、と返事をして、奈緒は今自分が着ている着物を見下ろした。こんなことなら動きやすい袴姿のままでいればよかった、と考える。
だが、着替える時間がもったいない。
「じゃあ、ばあや、行ってくるわね」
当然のように声をかけると、ばあやは「は!?」と目を見開いた。
「行くって、まさか、お嬢さま」
「もちろん雪乃さんを捜しにいくのよ。あのご両親に任せておいたら、見当違いの場所を延々と廻りかねないもの」
「んまあ、何をおっしゃってるんですか! もう夕方で、これから暗くなるんですよ! お嬢さまこそ危ない目に遭ったらどうするんです!」
「まだ夕方、でしょ。夜になるまでには戻るわ。それでも見つからないようなら、その時にまた対応を考えないと。場合によっては、ご両親が反対しても警察に駆け込むことになるかもしれないから、ばあやも心の準備をしておいてね」
それだけ言うと、奈緒はさっさと扉を開けて部屋を出た。
後ろから、「お嬢さま! ちょっと!」という悲鳴じみた声が追いかけてきたが、玄関から出てしまえばそれも聞こえなくなった。
外はそろそろ陽が傾きつつあった。
この分では、すっかり周囲が闇に覆われるまで、あと二時間もないだろう。あの両親がもっと早くに来てくれれば、とは思うが、できるだけのことはしようと心に決めた。
2024.05.18(土)