自発的に家を出たのであれ、何かに巻き込まれたのであれ、雪乃がどんなに心細く、恐ろしい思いをしているだろうと思うと、気が急くばかりだ。近頃はずいぶんと瓦斯灯が普及してきたとはいえ、このあたりはまだ夜になると真っ暗になる。

 奈緒はまず、女学校へ通じる道筋を丹念に辿ることにした。

 衝動的に飛び出して、特に目的地がないのなら、まずは毎日のように歩いて慣れ親しんだ道を無意識に選んでしまう、というのはありそうなことだと思ったからだ。雪乃のような娘が、いきなり知らない場所へ闇雲に走っていくというのも考えにくい。

 何か手がかりはないかと、下を向きながらゆっくりと歩く。見つかってほしいような、見つかってほしくないような、複雑な心境だ。いっそこうしている間に、親戚の家で寛いでいる雪乃が発見された、ということにならないだろうかと祈るように思う。

 そうしたら奈緒は怒って、叱って、ちょっと泣いてから、笑って許すのに。

 視線を地面に固定したまま真剣な顔をして歩く奈緒に、たまに行き交う人々が「落とし物かい?」と声をかけてくる。彼らに雪乃の特徴を話した上で、見かけなかったかと訊ねてみたが、何も収穫はなかった。

 いつしかそれらの声がすっかり聞こえなくなり、ふと気づけば奈緒は「あやしの森」のところにまで来ていた。周りには自分以外、人の姿はない。薄く茜色に染まりかけた上空にはカラスさえ飛んでいなかった。

 しんとした静寂だけがある。

 この場所に一人きりであることを自覚した途端、急に、ひやりと冷たいものが背中を這い上がった。

 疲労とはまた別の理由で、鼓動が速くなる。どくんどくんと心臓が胸の内側を叩いているようだ。さっきからうなじのあたりがちりちりと逆立つような気がしている。なぜだろう、ひどく落ち着かない。

 考えてみれば、今は黄昏時にさしかかった頃合いだ。人が支配する昼から、魔物が支配する夜へと移り変わる、中途半端な時刻。そこにいる人に「誰そ彼」と問いかけることで、あの世に連れていかれることを防いだという。

2024.05.18(土)