雪乃に似て線の細い母親のほうは、さっきから目元にハンカチを当てながら、「こんなことになるなんて、どうしたら」「聞き分けのいい子だと思っていたのに」とぐずぐず愚痴めいたことを呟くばかりだ。

 あの雪乃が親に叱られるようなことをするというのも意外だが、それだけで衝動的に飛び出すなんて行動をとるのも、にわかには信じがたい。彼らの表情と態度からは、他にも何か口にできない事情があるらしいことがほの見えたが、それを女学生である奈緒には絶対に言わないであろうということも判った。

 それに、あちらはあちらで、奈緒が雪乃のことについて何か隠しているのではないかと疑っているようだ。

「君はあの子と仲の良い友人だと聞いたが」

「はい。雪乃さんには非常に良くしていただいて」

「その……では、あの子に何か聞いていなかったかね。不平や不満をこぼしたりしていなかったか」

 どうやら雪乃には、不平や不満を言いたいような何かがあったらしい。猜疑心を乗せてこちらを窺う視線は正直不愉快だったが、それよりも、何も気づいてあげられなかった自分の不甲斐なさに落ち込みそうだった。

「いえ、特に……雪乃さんはあまりそのようなことをおっしゃらない人でしたから」

 その返事に、二人は明らかにホッとした表情になった。もしかして、ここに来たのはそれを確認するつもりだったのではないかと、つい穿った考え方をしてしまう。

「あの、雪乃さんを捜すのに人手が足りないということでしたら、女学校の友人たちにも声をかけましょうか」

 奈緒がそう提案すると、今度は夫婦二人してぎょっとしたように目を剥いた。

「冗談じゃない、そんな世間体の悪い……いや、それには及ばないとも。うちの娘の不始末は、我が家で片付ける」

 雪乃がいなくなったのを「不始末」と決めつけて、彼女の父は憤然と息を吐いた。

 掛けていた椅子から立ち上がる。

「……手間を取らせて申し訳なかった。奈緒さん、といったか。雪乃は必ずこちらで見つけ出すから、この件は他言無用でお願いする。なんといっても、雪乃はもうじき結婚を控えた身だ。変な噂でも立ったら、困るのはあの子なのだからね」

2024.05.18(土)