「まあ、また宿題ですか」

 女学校というところは、外国語や数学も教えてはくれるが、裁縫や家事や手芸を教わる時間も、同じくらい割り当てられているのである。その外国語や数学にしたって、同年齢の男子が学ぶよりもよほど平易な内容だ。

 要するに女子教育とは年頃の娘が「良妻賢母になること」を目標としていて、男子と同等、またはそれを超えるような学問は必要ない、という前提のもと成り立っているものなのだった。

 女というのは、結婚するまでは親に従い、結婚してからは夫に従うのが当たり前。明治という新しい時代を迎えたとて、そこは昔からずっと変わりないまま続いている。

 女学校に入ってからそれに気づいて、奈緒はひどく落胆した。横浜からこの東京に移っても何も変わりはないことを知って、さらに失望した。

「はあー……」

 自室のベッドに身を投げ出して、大きな息を吐き出す。

 浴衣を縫わないといけないのに、やけに億劫だ。やっぱり環境が変わったことで、疲れているのだろうか。

 カラスの鳴き声が人の言葉に聞こえたのも、疲労からくる幻聴なのかもしれない。

 ──もしもあれが幻聴でなかったとして。

 あやしの森に入ってみたらどうなるのだろう。何かが起きるのだろうか。

 ひょっとしたら、人生を大きく変えるような何かが。

 そんなことをふと考えて、すぐに苦笑した。バカバカしい。

 奈緒はまだ十代だが、それでも常識から外れたことを自ら進んでやるほど愚かな娘ではなかった。母を亡くし、父は多忙でいつも不在、兄も不安定なこの状況で、奈緒までが道を違えたら、深山家は完全に崩壊してしまう。

 人が奈緒に求めるものが「しっかりしている、頼りになる」という姿なら、そのように振る舞っていればいい。どうせ自分の未来さえ、自分で決められはしないのだから。

 敷かれた鉄道を走る列車と同じだ。すでに存在している目的地に向けて進むしかない。線路から外れて好きな場所へ進むことなど、できはしないのだ。

2024.05.18(土)